二十六、蜘蛛の糸みたいな何か
諏訪がこれから彼女のアパートを訪ねるというので、興味にかられてついていった。失恋の傷心を慰めてくれることなら何でもよかった。梅雨はもうとっくに始まっていて、それは涙を洗い流すような雨ではなく、じっとりと嫌な気分のように私を取り囲み、べっとりとシャツの背中にくっつくのだが、それが今の自分の心境にはよく似合っていて、それがかえって心を癒してくれるのだった。
「ここだよ」
安アパートという感じの、しかし色とりどりの花で彩られた花壇が殺風景を遠ざけている小洒落た二階建ての前に立ち止まると、諏訪は鉄の階段を昇りはじめた。
てっきり陰に隠れて双眼鏡で女性の部屋を覗き見るものだと思っていた私は意表をつかれながら後をついていった。
なんと諏訪は彼女の部屋のチャイムを鳴らした。
私まで変質者扱いされるのではと身を固くしていると、これまた意外なことにドアが開き、中から女性が顔を現した。
雨に濡れて溶けかかっている白百合、という感じの女性であった。どこか疲れてきっている印象が、私にそう思わせたのであろう。
「諏訪くん……。もう、来ないで」
そう言いながら、迷惑そうというよりは、諏訪を気の毒がっているように目を伏せる。
「ヒカリさん……」
諏訪が嬉しそうにおおきな口をさらにおおきく開けた。女性に噛みつくのかと私は思ったが、
「僕はあなたにまとわりつきます。僕は蜘蛛の糸のような何かです。あなたを搦め捕り、絶対に幸せにします」
噛みつく前に女性を粘っこい糸でぐるぐる巻きにするようだった。
二人の間がどうなっているのかなど私にはわかるわけもないが、この時、この小説のブクマがガンガン剥がれている理由が、私にはなんとなくわかったような気がした。
気持ち悪いのだろう。
実際、私の想い人である筒竹さんを除いては、気持ち悪くない登場人物は一人もいないように思えたのだ。