二十五、コトノハの諏訪
「ああ、そうさ。僕は恋をしているのさ」
諏訪はその巨顔を夕陽に照らされたエアーズロックのように赤く染めると、勝手に語りだした。
「彼女はいつもこの公園の東屋で詩集を読んでいたのさ。僕より7歳ぐらい上のOLでね。ある雨の日、一緒にここで雨宿りをしていて知り合ったんだ」
他人の恋話になど、いつもなら興味はもたない私だが、この見た目バケモノといってもよい諏訪の口から恋の話が飛びだすその意外性に惹かれ、身を乗り出していた。
「年上のお姉さんか……、いいな。その彼女とはもうヤッたのかい?」
「そんなんじゃない。彼女を穢さないでくれ。この恋はとても無垢で清らかなものなんだ」
なんだか自分の恋は不純だと言われているような気がして少しムッとしたが、抑えて私は聞いてやった。
「彼女はどんなひとなの?」
「詩人なんだ」
諏訪は遠くに彼女を見るような目をして、語りだした。
「真実を描くことだけが純文学じゃなかった。彼女はとても透明なクリスタルのような文章を幻想のように作り出すんだ。言葉は存在する対象を表すためのものだけではなく、存在しない何かを作り出すものでもあるということを僕は知ったよ。彼女が教えてくれたんだ」
「ふーん。つまり彼女は、言葉を使ってありもしないものをでっち上げるんだね?」
「君はわかってないな」
諏訪は鼻で笑った。
「雨の日、コトノハの庭で、彼女と会話をしてみればわかるよ。とても美しい幻想の世界も、たとえばアニメなんかもまた、かけがえのない現実であることが、ね」
「ふぅん。恋が君を成長させたんだね」
「まったく恋ってやつは人間を成長させるよね、北村くん。失恋もだが、片思いもまたそういうものであるのだと知った。僕はありのままの彼女が好きなのだが、彼女がありのままの僕を好きになってくれないのなら、自分を変えたいという、そんな気持ちにさせられてしまうんだ。僕は恋には臆病な男だった。が、積極的になれたよ。彼女のアパートの部屋は突き止めてある。彼女はここへ来るのをやめてしまった、まるで僕から逃げるようにね。でも、僕は追いかけるよ、北村くん。彼女のことを、どこまでも、地獄の果てまででも追いかけるのさ」
「それってストーカーじゃないか?」