都々、頭をよくしてあげよう(六)
純文学は、人間を丸裸にし、あらゆる価値を疑わせ、それゆえに己自身をそこに発見させ、一人ででも生きていけるようにさせてくれるものである。
それは天気のいい日に整備された芝生の公園でピクニックをするのとは真反対の、前人未踏の険しき峰を己の力で踏破するようなものなのだ。
ゆえに純文学を読めば、人は頭がよくなる。
私はせっせと筒竹さんに色んな純文学を読ませ、彼女の頭をよくしてあげようとした。それは私から彼女へのプレゼントであった。
彼女を一人ででも生きていけるような丸裸の人間にしてあげたかったのである。
「漫画も確かに面白い。が、面白すぎる。面白さに惑わされ、真実を見る目を曇らせてしまわないよう、君にはこういう険しき栄養素が必要なのだ」
そう言いながら、純文学を勧めまくっているうちに、遂に彼女がキレた。
「北村くんて、思ってたようなひとと違った……」
図書館デートからこれからいよいよ初めてのホテルデートへ移行しようと企んでいるところで、そう言われた。
「な、何が違ったというんだ?」
いい意味でふつうじゃないことにようやく気がついてくれたのか? と思ったが、どうやらそれは悪い意味のようだった。
「純文学って何の役に立つの? 真実って、何の役に立つの? それで就職が有利になる? 実社会でどういう役に立つっていうの? ねぇ?」
わかってないな、と思い、私は鼻で笑った。
「いいかい? 純文学は人間を『自分自身』に立ち還らせてくれる。整備された公園の道ではなく、険しき獣道を己の足で歩む力をくれる」
「だからそれが何の役に立つの?」
筒竹さんの私をみる目が、アレだった。
「面白くもないのにそんなもの読んで、『自分はこんなものが読めるほど賢いんだー』『特殊な人間なのだー』って自己陶酔するためだけのものじゃない? 私、ふつうがいい」
「僕は君を……! 君だけを愛してるんだ! 都々!」
「重っ」
かくして私はフラレた。
まぁ……、いい。女は彼女一人ではないと思いながら、私は深く深く傷ついていた。