四、誰が為に純文学はある(一)
洛美原先輩は私の憧れだ。
容姿端麗で、逞しい肉体をもち、おおきなタマをもち、そして何より純文学をよく識っている。
女学生にもよくもてて、マネージャーの筒竹都々さんと付き合っているという噂がある。たぶん、本当なのだろう。何しろ先輩には男性的な魅力が溢れているのだ、私などとは違って。
先輩に憧れてアメフト部に入りはしたが、やはり生来スポーツ音痴の私には向いていなかった。みんなが走るのにすらついていけない。
それでも私は在籍し続ける。
先輩の純文学論を、二人きりの部室で聞いているだけで、私の青春は充実し、私のまなこは充血し、海綿体を縦横無尽にジュースが流れる心地がするのだ。
部の練習でグラウンドを駆けていると、筒竹マネージャーがおおきな金色の薬罐をぶら下げて歩いてくるのを目にした。
ちょうどバテバテだった私は走るのをやめると、フラフラと歩きながら彼女に近づいた。
「み……、水をください」
「あら、北村くん。もうバテちゃったのね? フフフフフ」
グラウンドの隅にへたり込み、マネージャーと並んでみんなの練習風景を見ていた。
「頑張るわね、北村くん。そのうち頑張りが認められてレギュラーに昇格できるかもよ?」
「いやあ。僕は永遠の補欠で良いのです」
「なぜ、そんなに頑張るの?」
先輩がいるから──という答えをはぐらかすため、私は彼女に聞いた。
「マネージャーも、洛美原先輩みたいに純文学がお好きなんですか?」
「読んだこともないわ。だって漫画のほうがよっぽど面白いんですもの」