都々、頭をよくしてあげよう(五)
純文学に必要なのは女ならファム・ファタール、男ならドン・ファンであろう。
私は洛美原先輩のように正しく純文学な男になろうと決めた。
先輩は私によく言っていた。
「北村よ、最低二股以上できなければ男ではない。男の人っていくつも愛を持っているものなのだ。だから、あんまりソワソワするな。女には『私が誰より一番っ!』とでも思わせておけ」
私は胸の奥でトーコに『ごめん』と謝りながら筒竹さんと付き合いはじめた。
アメフト部の部室で、二人で呪術廻戦を読み耽って過ごす毎日は楽しかった。
呪術廻戦は彼女の言っていた通りに面白かった。
しかし、私は気もそぞろだった。私の目当てはどちらかというと漫画よりも……
漫画を読みながら時折「ふふっ」と彼女が笑う。そのたびに私は横目でその横顔を盗み見た。
筒竹さんはかわいい。
呪術廻戦の登場人物でいえば、アシスタントさんが描いているというモブキャラみたいなかわいさだ。何も特別な力はもたず、物語において大した役割も担っていない、いわばふつうのひとだが、顔がかわいいというだけで存在価値がある──そんな感じだった。
私は彼女の横顔を盗み見ながら、思っていた。
『絶対に、彼女の頭を僕がよくしてあげるんだ。僕と別れても、一人ででも生きていけるように』
征服欲というか支配欲というか、そういうものを彼女に対して行使したいと思うようになっていたのである。それは純文学を読みすぎることで身についた、とても深遠な私の思想に基づくものだった。トーコから教えられたさまざまな変態的なことを、彼女にも教えてあげたかった。そういうエロも純文学のうちだと、彼女に教えてあげたかった。
あまり横目で盗み見すぎたのか、彼女が気づいてこっちを見た。
「あれっ? 何をジトジトこっち見てんの?」
そう聞かれ、慌てて私は目をそらし、誤魔化しのことばを口にした。
「いっ……、いや……。筒竹さんみたいな魅力的な女の子が、なんで僕なんかと付き合ってくれたのかな……って、思って」
すると彼女はふふっと笑い、答えた。
「北村君って、なんていうか、ふつうだけど、顔はいいからさ」
おいおい!
私の怒髪が天を衝いた。
この僕が──ふつうだと!?
この、純文学によって高度に磨かれた『己』をもつ僕が──ふつうだと!?