都々、頭をよくしてあげよう(二)
「俺のものになれ、都々」
洛美原先輩の真似をして格好よく言おうとした。が、自分には似合わないセリフというものはなかなか口から出せないものだ。もふもふとジャムパンを食べている彼女の横に座り、私は口ごもりながら、言い出した。
「呪術廻戦って、面白いですか?」
「うん、面白いよ」
筒竹さんがパン屑を口のまわりにつけた笑顔で振り向いてくれた。
「北村くんも読んでみる?」
かわいい、と思った。
彼女の内面はとても平凡で、ふつうだが、顔はいい。バチバチにメイクを決めているトーコと違ってナチュラルメイクなのに、かわいいのだ。しかも芸能人みたいとかではなく、そのへんにいそうなかわいい娘といった感じで、私の好みにぴったりだと思った。
私にはトーコという結婚の約束までしている恋人がいる。しかし、何度も繰り返すようだが、男にとって複数の女と恋愛するというのは、ふつうのことなのだ。それが男という生き物の真実なのである。
男が囁く『君だけを愛してる』なんてのはもちろん嘘だ。ほんとうは男はたくさんの女を同時に愛しているものだ。しかしそんなことは女に知られてはいけないから美しい口先だけの嘘をつく。嘘のないラヴ・バラードはギスギスしているものにならざるを得ない。だから甘い甘い嘘だらけのバラードを歌う。自己陶酔した気持ちの悪い切なげな表情を浮かべて、さも真実であるかのように歌うのだ。
女性とのお付き合いは人間を成長させるのだ。これはビルドゥングス・ロマンなのだ。一人の若者の成長を描く純文学なのだ。そう自分に言い訳すると、私は筒竹さんを口説きにかかった。
「呪術廻戦、読みたいな。今日、筒竹さんの部屋行ってもいいですか?」
「嬉しいな」
筒竹さんはそう言ってにっこり笑った。
「アメフト部の部室に全巻揃ってるから、読んでみてね」
駄目だ!
それじゃ駄目だ! いくら何も起こらないのが純文学とはいえ、それでは物語にすらならない!
何とかせねばと口の中でモゴモゴ言っている私に、助け舟を出してくれたのは、他ならぬ筒竹さんだった。
「あっ、今、呪術廻戦の劇場版アニメが公開中なんだよね」
横目で私のほうを、意味ありげに見つめてくる。
「あれ、観たいな」
脈アリだ!
押せ! 押すんだ、北村直樹!