二十、境目のない世界
トーコの言うとおりだった。
奇跡が起きたように、お金もないのに私たちは旅館を出て、物語は先へ進んだ。
「高橋源一郎先生によると、奇跡とは何の説明もなく、強引なくらいに物語が先へ進む、漫画のようなものなのよ」
トーコのことばに私はしかし、少し首をひねった。
この物語は純文学であるはずだ。漫画ではない。果たしてそんなんでいいのか──と。
しかしトーコはそんな私の内心を察したのか、ふふっと笑い、教えてくれた。
「古典的な純文学ならあり得ないかもね。でもポストモダン文学ではそれもひとつの主流となっているの。ポップ文学なんて支離滅裂に奇跡が起こりまくるし、マジック・リアリズムにしても、現実的な脈絡もなく、少女が空を飛んでいったり、トンネルを抜けたらワープしたりするのよ」
「じゃあ、純文学と大衆小説の違いって、何なんだ」
「大衆小説はウケなきゃ意味がない──それだけよ。大衆小説や漫画にも真実の毒を練り込んでいるものはある。純文学にもじつは大衆ウケする、毒にも薬にもならないような、気持ちよくなれるだけのものはある。純文学と大衆小説の境目なんてほんとうは曖昧で、現代ではそれは出版社が決めるようなものなのよ。大衆小説や漫画の作者さんを表面に見えてるところだけで決めつけてはだめ。売れるために自分を殺してる場合も多いんだから。ちびまる子ちゃんの作者さんなんて、ほんとうはほぼ哲学者みたいだったんだから」
「境目はどろりと溶けているのか」
「そうよ。だから──」
トーコが私を布団に押し倒した。
「わたしたちもひとつになりましょう。さぁ、抱いて! 溶かして! ひとつになりましょう!」