十七、限りなく透明に近い純文学
私は美しい女性に変身したトーコが幻想だったことに気づき、女を感じたことがなかった昔ながらの彼女が真実であったと知った。
「責任とって」
そう言われたので責任をとった。
彼女と結婚を前提のお付き合いをはじめた。
しかしそれはけっして厭々とではなく、私としても望むところであった。
彼女は抱くと、とても刺激的なことを喋る。
「復讐感情だわ!」
ハァハァと喘ぎながら、いつも大声で、絶叫するように、トーコの口からそんなことばがぽんぽんと飛び出すのだ。
「弱い人間ほど自分のわからないものに対して強く復讐感情を持ち、口汚く罵るものよ! あなたはそんな風にならないで! 強くなって! あんあんあん!」
そんなところが面白いと思った。
まるでトーコとのそれは、名付けるなら『ブンガク行為』とでもいうべき非日常的な快楽のひとときであり、とても刺激的だった。
また、メイクを落としてぶっさいトーコになっている時にも、彼女は私にとって昔のように、女だとすら思わず気軽に付き合える、そして何より気の合う、親友のようなものだった。
中学時代、私とトーコはよく米軍基地に忍び込み、プレハブハウスの中に隠れて、乱れた行為を毎日のように楽しんでいた。乱れた行為とはつまり、私の祖母がパチンコで獲ってきたブラックサンダーを食い散らかしたり、つボイノリオ大先生の『金太の冒険』を大声で歌い合ったり、そんなことだったが、いつの時代も若者とはそういう乱れた行為が好きなものであろう。
「あの頃が懐かしいねぇ」
ブンガク行為を終えると私たちはバスタオル一枚身に纏った姿で話し合った。
「あの頃は北村直樹くん、純文学なんて興味もなかったのに、どうしてそんなに純文学ヲタクになっちゃったの?」
「純文学が限りなく透明に近いブルーなんだ」
私は缶ビールを傾けながら、答えた。
「一体、純文学とは何なんだ? それは限られたインテリさんだけのためのもので、大衆のためのものではないのか?」
ふふっと色っぽく笑うと、トーコの濃いメイクに少し罅が入った。
そして彼女は自分のバッグから一冊の本を取り出すと、私に勧めてきたのだった。
「これ、読んでみて?」
それは漫画の単行本だった。
タイトルは『チェーンソーマン』とあった。