二、スマホを捨てよ、町へ出よう
北村直樹は毎日部屋に閉じこもり、スマートフォンばかり見ている。何を見ているのかといえば、スマートフォンだ。小説投稿サイト、動画サイト、えっちなサイトと、さまざまなサイトを閲覧してはいるが、結局彼はスマートフォンをずっと見続けているだけであった。
狭いワンルームの部屋に家族4人で暮らしているので、北村直樹はいつも部屋の隅に埋まるようにして膝を抱いている。その対角線の角では妹の心美がいつも白いイタチを撫でながらうっとりとした死人のような表情を浮かべている。左の角では祖母が今日もパチンコ雑誌を睨むように読んでいる。右の角では無職の父がいつものように、ぶつぶつと独り言を呟いていた。
一人で家族を支える母は長距離の大型トラックドライバーであり、次はいつ帰って来るとも知れない。
こんな薄暗い世界の中で、直樹はただスマートフォンの明るい画面を見つめるのだ。
見つめながら、彼の頭には、大学のアメフト部の部室で憧れの洛美原先輩と交わした純文学論が蘇る。それとともに、先輩の自信に満ち溢れた強い笑顔と、その肉体美、そしてアーモンド型のおおきなボールの存在感が──。
あの先輩のように自信に満ち溢れ、美しい身体をもち、そしておおきなタマをもつには、このままではいけないとわかっていた。
直樹の頭の中に、誰かの声が響く。
寺山修司のような声が、彼にこう命じた。
『スマホを捨てよ、町へ出よう』
しかし町を歩きながらでもスマートフォンを見ることは可能なのだ。