九、どっぐらまっぐら
命からがら日本刀の男から逃げ切ると、私は荒い息を整え、呟いた。
「危なかった……。あの男、キチ◯イだ」
自動的に規制がかかり、伏せ字にされた。
「なぜだ……。なぜ、あの男を的確に表現することばを使ってはいけないんだ? これはあの男のことを的確に表すことばなのに?」
やはり真実は大事だと思えた。
嘘と幻想を与えられて社会に飼い慣らされた人々を解放することこそ暇人である自分の使命であると思えた。
しかしここへ来て、純文学とは何かがさっぱりわからなくなってしまった。
それはあの男の言うとおり、日本独自のもので、ならば個人よりも『和』を尊重した、優雅で感傷的なものでなければならないのか? 自分が信じてやってきた『真実で大衆の目を開かせるもの』はじつは純文学ではなく、それは西洋哲学の仕事なのか?
するとヴーん……ヴーん──という何かの音が聞こえてきた。
「狂え」
誰かの声が聞こえてきた。
「狂気こそが純文学の真骨頂なのだ」
それは老人の声のようだった。しかし、姿はどこにも見当たらない。
「誰だ!?」
私の誰何の叫び声はただ竹林に空しく響いた。
周囲から何かの歌が聞こえてくる。
ハァ〜……チャカポコと、終わりのないような歌が聞こえてきた。
長い、長い、歌だった。
退屈な、退屈な、歌だった。
「やめてくれ!」
私は思わず気が狂いそうになり、耳を塞いだ。
「なぜだ! なぜ『キ◯ガイ』はだめで、『狂う』はいいんだ!?」