七、北村直樹って何
北村直樹は考えた。
自分がもし大衆でないのだとしたら、自分は一体何なのだろうと。
彼の家は昔から貧乏であった。
諏訪のように経済的に恵まれ、ゆえに貴族にも似た特権意識をもった──などということはない。
それにもかかわらず、彼は自分は世間一般のいわゆる大衆とは違っていると己を位置づけていた。
物心ついた時から父は無職で、祖母はパチプロであった。母は長距離トラックドライバーであり、月に数度しか家には帰らない。
毎日の食事は祖母のパチンコの稼ぎ次第であった。勝った日は焼肉を食べにみんなで出かけたが、負けた日は大量にストックのあるブラックサンダーで済ませていた。
妹の心美は高校を中退し、家事を担当しながら、それ以外の時間はずっと白いフェレットを溺愛し、戯れている。
直樹は母の稼ぎで大学に進学した。両親の期待はただ『いい会社に就職して自分たちを楽させてほしい』というものであり、具体的に息子に何になってほしいかなどというものはなかった。ゆえに『潰しが効く』という商学部商学科に進学した。
直樹は直樹で、べつに何を学ぶつもりも、何になりたいというものもなかった。
貧弱な自分を変えたいという思いつきからアメフト部に入り、そこで二つ年上の洛美原春樹と知り合う。彼は隠れ純文学オタクであった。
直樹は貧乏ゆえに、また友達もおらず、きっかけがなかったため、漫画にも映画にも触れずに育っていた。そんな真っ白な画用紙のような彼は、洛美原が自分の色に染め、彼の趣味世界に引きずり込むための、絶好の対象であった。
女子学生にもて、自信に満ちあふれる洛美原の口から語られる純文学という未知のものに、直樹はいつしか夢中になっていく。
「そうか……」
直樹は『自分は大衆でないなら、何か?』の自問に答えを見つけ、思わず声に出した。
「俺は……内向的で貧乏がゆえに世間知らずな、『暇人』なのだ!」