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7 きっと自惚れではない

「もっ、申し訳ございません!」


 メルローズは皇子と反対に踏み出そうとしたのは自分のミスだと思い込み、謝罪した。


「恥ずかしながら、外で踊るのは初めてでして……」

「い、いや違う!」

「え?」

「その、今のは俺が間違えたんだ……」

「え?」


 メルローズは驚いた。仮にもオソランサ帝国の皇太子が……『血塗られた皇子』と噂の彼が、まさか素直に自分の非を認めるだなんて。しかも先ほどまで無表情だった彼の顔はほんのりと朱に染まり、眉は下がって恥じらいの表情を覗かせている。


「すまない。もう一度最初から。……3、2、1……」


 今度は完璧なタイミングで二人は踊り出した。一度音楽の波に乗ってしまえば、先ほどの失態が嘘のように軽やかにステップが進み、ターンが決まる。

 メルローズはまたもや驚いた。屋敷でダンスの先生を相手に練習をした時も、こんなに上手に踊れたことはなかったからだ。おそらく皇子のリードが上手いからだろう。


「殿下はとてもダンスがお上手ですのね」


 会話をする余裕さえあったので、そう声をかけてみると、皇子は初めて口角をほんの少し引き上げた。


「そうかな、実は俺もあまり踊ったことが無いんだが。貴族との交流よりも、軍に関わる方が多いからな」


 その笑みは照れ笑いだったのだろうか。遠目からは気づけない程度の、固い無表情がほんの少しやわらいだだけ。それでもメルローズの心をときめかせる表情だったことには違いない。


「でも、君も上手だと思う。本当に初めてか?」

「ええ、家で父や先生と練習で踊ったことしかなく……」

「そうか。メルローズ嬢が初めて踊った相手が俺だなんて嬉しい」


 彼は好意をあからさまにする言葉を口にした。


「まあ……あの、こちらこそ初めてのお相手が殿下で光栄です」


 彼女は顔を赤らめ、どぎまぎしながら、この人は本当に祖国で恐ろしい武人だと言われている人なのだろうか、と考える。確かに大きく屈強な身体も、凛とした雰囲気も、表情の乏しい固い顔も一見して噂通りではあったが……それにしてはこちらを見下ろす黒い瞳が優しげな気がする。


 その時ふわりと彼からお日様のような匂いが漂ってきて、メルローズの心がふっとほぐれ安らいだ。


(なんだか殿下って……ノワールみたい)


 そうは思っても流石に皇太子殿下が犬や熊に似ていると言うなど不敬の極みだ。

 だから彼女はその事を心の中に納め、踊り続けた。


 曲が終焉に向けて盛り上がり、楽団たちが複雑な音階を正確に刻む。それにあわせてダンスを踊っていたふたりは最後に大きなターンをくるりと決めた。メルローズのドレスが空気をはらんで大きく拡がり美しい弧を描く。

 曲が終わり、ふたりが共に礼をすると、彼らのダンスへの賛美として会場中からわっと拍手が沸きおこった。


 皇子は彼女の手を取ったまま端の方へ移動しようとしたが、皇子とメルローズそれぞれに、次のダンスの相手を求める人々が現れた。


「素晴らしいダンスでしたわ、殿下! 私もお相手願いたいものですわ」

「ドレンテ伯爵令嬢でしたよね? 次は是非僕と踊ってくださいませんか」


 メルローズの目が丸く大きく見開かれた。今まで自分を相手にする異性などダスティンの他にはいなかったのに。そうではないかと思ってはいたが、やはり「隣国の皇子と踊る栄誉を与えられた女性」というものは大きなプラスなのだ。彼女の傷というマイナスを埋めるほどの。

 と、群がる彼らを断ち切る低い声がすぐ横で響く。


「失礼。ドレンテ伯爵令嬢は少しお疲れのようなので夜風に当たらないと」

(えっ)


 咄嗟に戸惑いを顔に出さなかったメルローズは褒められるべきだろう。ルイス皇子は彼女の肩に手を回すと、呆気にとられた周りの人間を尻目にスタスタとバルコニーに向かったのだ。

 確かにバルコニーに立つと夜風が涼しく顔を撫ぜ、ダンスであがった息と体温を優しく整えてくれたはしたが。メルローズは緊張と困惑で心臓がどきどきと落ち着かない。


「飲み物はどちらがいい?」


 皇子に声をかけられてそちらを見ると、侍従が果実水とワインを恭しく差し出している。メルローズは恐縮しつつも果実水を貰った。口にすると爽やかな酸味とほのかな甘み、そしてキリリとした冷たさが喉を通り抜ける。そこで彼女はようやくほっと一息つけた。


「大丈夫か? まだ顔が少し赤いようだが」

「!」


 大きな体をかがめ、心配そうに黒曜石の瞳がメルローズを覗き込んでくる。


(私ったら、酷い自惚れを……)


 彼は本気で自分の体調を気遣ってバルコニーに連れ出してくれたのだと思うと、彼女は二重の意味で恥ずかしくなった。せっかく落ち着いた顔のほてりと動悸がまた復活してしまう。


「あの、もう大丈夫です。殿下のお心づかい、誠に感謝いたします」

「ノアだ」

「……え?」

「殿下ではなく、ノアと呼んでほしい」

「え? あ、あの……」

「だめか……?」


 相変わらず皇子の表情は固いのだが、その聞き方はメルローズの耳に「きゅうん……?」と鳴き声の幻聴を起こさせた。


「あの、だめじゃない……です。……ノア、様」

「……」


 皇子は無言で片手を顔に当て、天を仰いだ。


「ノア様?」

「待て、一気に何度も言うな。供給が過ぎる」

「……お言葉ですが、殿下がそう呼べと仰ったのでは?」

「いや、そうなんだが。それよりまた殿下に戻ってるぞ」

「では私はどう呼べば?」

「……」

「……」


 数瞬の沈黙のあと。


「……くくっ」

「……ふふっ」


 二人は同時にふきだす。メルローズは初めて彼のはっきりとした笑顔を目にした。


「くくっ、いや、悪かった。実際に呼ばれてみたら、自分でも驚くほど嬉しさが爆発した。限界に達するほどにな」

「ふふふ、大げさです」

「そんなことはないぞ。今だって君の笑顔にどれだけ癒されているか」

「……え」


 またメルローズの頬が朱に染まり、思わずうつむいた。もう流石にわかる。きっと自惚れではない、と。


「ドレンテ伯爵令嬢?」

「なぜ私に、こんなに情けをかけて下さるのですか? 見ての通り私には……大きな傷がありますのに」

「その傷は、名誉ある負傷ではなかったのか?」

「!? なぜ、そのことを」


 ノアは自分の耳を指さし、にやりと笑う。


「俺は耳と鼻が常人よりも利くのだ」


 またまたメルローズは驚かされた。先ほどノアが近寄ってくるまでは、彼の姿は見えない程離れていたはずなのに。

 ……と、ノアの後ろで侍従がすましているものの、何か言いたげな顔をしているのに気がついた。


「……ノア様、騙されませんわよ。お付きの方がこっそり聞いていたのですね」

「ふはっ、バレたか」

「ふふふ、ノア様って意外といたずら好きな御方ですのね」


 きらきらと輝く星空の下で『血塗られた皇子』と『傷物令嬢』と呼ばれる若い二人は、年相応に屈託なく笑いあった。



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