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3 メルローズの過去と現在


 次に彼女が目を覚ました時には、屋敷の自分のベッドの上にいた。


「メル!!」

「お嬢様!」


 父や母、侍女たちが一斉に泣きながら声をかけてくる。


「ああ……良かった。もう目を覚まさないかと思って……」

「メル、貴女が森の入り口で倒れていたのを、遊びに来ていたダスティン様が偶然見つけてくれたそうよ」


 どうやらメルローズは丸一日うなされながら眠っていたらしい。


「ノワール……は?」

「ノワール?」


 メルローズはあらましを説明した。ノワールのことは庭師以外には秘密だったから庭師に聞いてくれと言うと、父は首を横に振った。


「あいつは失踪した」

「え?」

「多分、逃げ出したんだ。お前を誘拐しようとした奴らの仲間だったんだろう」

「!」


 それなら説明がつく。庭師が彼女を猟師小屋に行くように仕向けたことも、あの男達が森に忍び込み、罠を仕掛けることができたのも。


「そんな……」

「でも、無事で良かったわ~。ダスティン様にお礼を言ってね」


 両親は手当てをしてくれた少年もダスティンで、メルローズは深傷(ふかで)を負って意識が混濁していた為に知らない男の子だと勘違いしたのだろうと言う。メルローズもそう言われればそうかもと納得しかけた。


(ノワールが喋って傷の手当てをしてくれるなんておかしな話だものね)



 しかし後日、シュールレ男爵家をお茶に招き、ダスティンにお礼を言った時のこと。


 彼は最初こそ良い子の顔をしていたが、両親とシュールレ男爵夫妻の話が盛り上がり、大人たちの意識がこちらに向いていなかった時に本性を表した。一見して愛想良くニコニコとした笑顔の奥で、目がニヤニヤといやらしく笑っている。そして彼女にだけ聞こえるようにこう囁いたのだ。


「これでお前は俺に逆らえないな。まあ、傷があるのは残念だけど、俺が嫁にもらってやってもいいぜ」

「!!」


 メルローズはゾッと背筋が凍りついた。そして彼が手当てをしてくれたなんて真っ赤な嘘だと思ったのだ。



 ☆



 あれ以来、メルローズは外にあまり出なくなった。まだ誘拐犯の一味は捕まっておらず狙われる不安もあったし、肩から腕にかけて大きな傷が残ってしまったことで塞ぎこむようになってしまったのだ。


「ノワール……ノワールに会いたい」


 彼女は両親にノワールが居ないか森を探して欲しい、とお願いをした。だが使用人を猟師小屋の近くにやっても何も見つからなかったそうだ。

 漠然とした誘拐への恐怖とダスティンの態度による不安、そしてハッキリとした喪失感から度々泣き出すメルローズに両親は困ったのだろう。


「メル! プレゼントだよ」

「王都で一番の職人さんの作品ですって~」


 ある日両親から渡された大きなプレゼントの箱を開け、中を見たメルローズは思わず目を輝かせ感嘆の声を漏らした。


「わあ! ノワールそっくり!!」


 そこには大きな黒い犬のぬいぐるみがあった。黒いモフモフの毛並みも、丸い耳も、短めな鼻先も良く似ている。きっとメルローズからノワールの特徴を聞いていた両親が、ぬいぐるみ職人に依頼をしてくれたのだろう。

 大きさと出来の良さから、それが大変に高価なものだと大人ならわかるだろうが、当時子供だったメルローズは気がつかずに毎日ぬいぐるみを抱きしめ、屋敷のあちこちに引きずり回し、寝る時も一緒にベッドに入れていた。


 こうして屋敷の中に引きこもりぬいぐるみとの生活を続け、すっかり深窓の令嬢となったメルローズ。たまに呼んでもいないのに顔を出すダスティンの他には、他家の貴族との交流もあまりしてこなかった。

 ……それが裏目に出てしまうとは。



 ☆



 約六年後、16歳となり社交界にデビューする頃になって彼女は愕然とした。メルローズは陰で『傷物令嬢』と揶揄され、多くの貴族階級の人間にダスティンと結婚するのだろうと思われていたのだ。


 メルローズは慌てて否定し、ダスティンとはそういう関係ではない、彼が勝手なことを言っているのだと説明する。……が、口の上手い彼の言い分を信じる人は予想外に多かった。


「まあ、命の恩人に冷たくするの? ……ああ、格下の男爵家に嫁入りするのが嫌なのね?」

「わがままなこと。傷物の貴女が一番幸せになれる結婚でしょうに」


 ……と、まるでメルローズが悪いように言われてしまったのだ。

 それっきり、彼女は外の世界でダスティンを悪く言うのをやめた。言えば言うほどこちらが悪者になってしまうのだから。


 そして当然、肩に大きな傷を持つ彼女に良い縁談は来ない。ダスティンとだけはどうしても結婚したくないが、だからといって適当な相手を選ぶこともできなかった。


 ジェイムズのことがあったからだ。


 ジェイムズは、一時期だけ調子が良かった。手広く商売をやっているシュールレ男爵がジェイムズの病状を聞き、遠い異国から薬を手に入れてくれたのだ。それを飲むとジェイムズの体調はみるみるうちに良くなり、外を出歩ける程になった。両親はシュールレ男爵に涙を流しながら感謝した程だ。


 だが、半年ほど後、熱を出したジェイムズはまた寝たり起きたりの生活になってしまった。医者に見せたところ、別の病気を患ってしまったのではないかと言う。もしかすると異国の薬の副作用かもしれないが、薬を飲むのをやめれば元の病気も再発して本当に死んでしまうかもしれないと。


 ジェイムズは薬を飲み続けた。そして最近では、更に調子が悪くなっている。


「もしも……」


 もしもたったひとりの、大事な大好きな弟が死んでしまったら――――そんな事は考えたくないけれど――――


 メルローズは最悪のシナリオを頭に浮かべ、そしてすぐにそれを振り払うようにかぶりをふった。心を落ち着かせようと、ぬいぐるみを抱きしめて何の根拠もない「大丈夫」を繰り返し呟く。


「大丈夫……大丈夫。そんなことにはならないわ……」


 今の彼女は出口の無い迷路をさ迷っているようだった。社交界には友人がなく、ダスティンとの誤解を解こうと口を開けば「貴女が彼を受け入れないのが悪い」と否定される。

 家族以外に味方になってくれる人がいないし、その家族もメルローズが怪我をした時や弟の病気を助けてくれた恩人だから、とシュールレ男爵やダスティンを遠ざけてはくれないのだ。


 このままでは徐々にダスティンとシュールレ男爵に外堀を埋められ、本当に結婚させられてしまうかもしれない。


「ノワール……」


 あのお日様の匂いの、ふかふかな黒い毛皮にもう一度触れたい。そうしたら元気で怖いもの知らずだった10歳の自分に戻れそうな気がするのに。メルローズはぬいぐるみを抱きながらそう考えてしまうのだった。



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ダスティンいらん……。可哀そうなメルローズ。
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