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18 誘拐事件の真犯人

 メルローズは今にも恐怖で震え出し涙がこみ上げそうな自分の身体を、奥歯を噛み締めて必死に抑えつけた。相手がダスティンであろうとも、無事に帰れるよう交渉するほかないのは同じことだ。

 ……たとえ、無事に帰れる可能性が限りなく低いことが直感でわかっていても。


「シュールレ男爵令息、これは何の真似ですか!」

「やだなぁ。わかってるくせにすっとぼけたりして、時間稼ぎのつもり?」


 ダスティンは部屋に入ってくると椅子にかけ脚を組む。粗末な木の椅子がギシギシと音を立てた。


「無駄なあがきだよ。この場所は普段人がこないから、警護隊や君の屋敷の人間が必死に探したところで、すぐには見つけられないさ」

「……」


 メルローズは後ろ手に縛られたまま、なんとか身体を起こしてダスティンを睨む。だが彼のニヤニヤ笑いを深めるだけだった。


「おー、コワイコワイ。いつまでその気の強さが持つかな?」


 ギャハハというゴロツキ達の不快な笑い声を背にして、ダスティンは立ち上がると懐からナイフを取り出した。鞘から抜き、ギラリと光る切っ先をメルローズの喉元に突きつける。そうまでされても彼女の心はまだ折れていなかった。

 気丈にも、ダスティンの目をまっすぐ見返して冷静に話す。


「こんなことをしても無駄よ。貴方たちの悪事はもうわかってるわ。男爵家は取り潰され、貴方も極刑を与えられるでしょう」

「ほう? 証拠は? まだ証拠が掴めていないから俺達を泳がせていたんだろう? アイツらは下っ端で何にも知らないからな。拷問してでも口を割らせたところで、六年前の件で親父との繋がりは見つからないだろうさ」

「六年前……?」


 目を見開いたメルローズの反応に、ダスティンも少し驚いた。そして次の瞬間、彼は笑いだしたのだ。


「ククク……アハハハ! なんだ、アイツらを捕まえたんじゃなかったのか!! これは本当に勇み足だったな。……まあいい。このままこの計画を進めることには変わりないしな」


 メルローズは遂に身体の震えを止められなくなった。血の気が引いていくのが自分でわかる。


「シュールレ男爵が、六年前の誘拐事件の真犯人だったの……?」


 六年前、彼女を誘拐しようとした男達が去り際に「依頼人に連絡だ」と言っていた。誰かの依頼でやったことだろうと思っていたが、それがダスティンの父親、シュールレ男爵を指していたとは流石のメルローズでも考えていなかった。


 今まで気丈に振る舞っていた彼女が驚きと恐怖で目に涙を浮かべて震え出した様子を見たダスティンは、その嗜虐心を満足させたらしい。ペラペラと喋っていた口の滑りを更によくした。


「そうだよ。なにも知らない哀れなメル。君が誘拐されるところを間一髪、親父と俺が助けて伯爵に取り入るという筋書きだったのさ。それをあの黒い犬が邪魔したらしいけど、俺が君を見つけて手当てをしたことになったから結果は問題なかった。それに……」


 彼はメルローズに突きつけたナイフをいったん離すと、反対の手で彼女の肩を強く押す。


「きゃあっ」


 耐えられずよろけて倒れた彼女の身体を受けとめたのは、大量のかび臭い藁だった。おそらく昔ここに住んでいた農民の寝床だったのだろう。藁の上に横になったメルローズの上にダスティンが顔を寄せる。


「前回失敗したおかげでもう一度同じ手を使える。お前が誘拐され、俺がそれを助けて結婚相手になるというわけだ」

「お父様が貴方なんかとの結婚を許すわけないわ!!」

「どうかな? 今回は俺の助けは一歩間に合わず、お前は残念ながら()()()()()()()()()()()()()()()って筋なんでね。あのクソ真面目な伯爵が、その事を表沙汰にするとは思えない。隠蔽するためなら俺との結婚ぐらい呑むだろうさ」

「……!!」


 ダスティンの言葉の意味を理解したメルローズが恐怖で口を噤んだ直後。隣の部屋から彼女のよく知る人の「お嬢様! お嬢様はどこ!?」という叫び声が聞こえてきた。


「ソフィー!」

「ちっ、うるさいな……おい、お前ら」


 ダスティンは配下の男達に声をかける。


「へい」

「あの女を黙らせろ。好きにしていいぞ」

「へへへ……」

「やめて!! ソフィーは結婚直前なのよ!!」


 カッとなって叫んだメルローズに向かい、下卑た笑みの男とその仲間が言う。


「じゃあ代わりにお姫様が俺たちの相手をしてくれるって?」

「へへ、俺はその方がいいなぁ」


 男達が一歩部屋に踏み込み、ぎしりと床板が音を立てる。怯えるメルローズの横でダスティンが顔を歪めた。


「おい、ふざけるな。この女は俺のものだぞ」

「いやぁ、すいません。ボス。でもボスが終わってからおこぼれを貰ってもいいんじゃないですかね?」

「へへへ、このお姫様、まだ自分の立場がわかってないようですから、二度と逆らえないように教えてやりましょうよ」

「……」


 少し考えたダスティンの醜悪なニヤニヤ笑いが……更におぞましく、まるで悪魔のようになった。


「……そうだな。ここでこいつの鼻っ柱を折った方がいい。だがまずは俺だ」


 そのままメルローズを組伏せる。


「いやっ、やめてっ!!」


 スカートをたくしあげられそうになり彼女はじたばたと必死に抵抗した。が、細身とは言え向こうは男だ。力の差に抗えず、太ももにぬとりと湿ったダスティンの手が触れた。メルローズの全身が総毛立つ。


(嫌!! 誰か……!)


 絶望でぎゅっとつぶった目蓋の裏に、ノアの優しい眼差しが浮かぶ。その次に見えたのは黒いモフモフの毛皮だった。


(助けて、ノア様、ノワール!!)


 その時、みしり、と大きな音がして家が揺れた。


「うわぁッ! なんだ!?」


 ゴロツキ達のただならぬ叫びに、ダスティンもメルローズも思わずそちらを見た。埃っぽく薄暗い部屋の中の一角が、白く光っている。


「な、なんだ……!?」


 状況が理解できずその場の全員が動きを止めて見つめていると、みしり、みし、ミシミシ……と音を立てて光が少しずつ大きくなる。その度に空気が震えた。まるで見えない扉の向こうから、誰かがその扉をこじ開けようとしているようだ。


 確かにそれは扉だったのかもしれない。

 すぐにバキリ! と一際大きい音を立てて光が空間を突き破った。その光は鋭く尖っていて槍の形をしている。と、槍が作った裂け目から男が表れたのだ。


 襟元を紐で留めた簡素な上着に大柄の一枚布を纏った異国風の出で立ちの、黒髪黒目の大男。彼の手が握る槍は光輝き、怒りに染まった顔を照らしている。


(嘘……これは夢……?)


 メルローズは夢かと思った。こんな非現実的な、自分に都合の良いことが起きるだろうか。


「ノア様……」


 ノアは無言でくるりと槍を回転させると、素早く柄を繰り出し、石突きで配下の男の一人の腹を突いた。


「うぐっ!」


 男は吹っ飛び、壁に激しく叩きつけられる。そのあとは人形のようにくにゃりと床にくずおれた。一撃で意識を失ったのだ。


「こ、この野郎!」


 もう一人の配下の男が腰の短剣を抜いて斬りかかる。だがノアはそれも槍で捌き、柄を叩きつける。


「があっ!」


 ここにいるはずの無いノアの登場にもだが、人が殴られて宙を舞うのを初めて見たメルローズは呆然としていた。その彼女の首にしゅるりとダスティンの左腕が回る。


「!」

「ぶっ、武器を捨てろ! こっ、こいつが死んでも良いのか!?」


 いつの間にかナイフを握り直したダスティンが、メルローズの胸元にそれを突きつけていた。


「……」


 ノアは無言で槍を手放した。がらんと音を立てて床に落ちたそれは、白い光を失いありふれた槍の姿に変わる。


「ノア様、だめです! 拾って!」


 メルローズはノアに訴えたが、彼は槍を拾いもせず彼女を見つめた。そこには余裕の微笑みが浮かんでいる。

 しかし騒ぎを聞き付け、更に数人の配下がやってきた。


「おい、この男を殺せ!」

「は、はい」


 ダスティンの号令で、一人が丸腰のノアに向かって短剣を振りかざす。


「いやぁーーーー!!」


 思わずメルローズは叫んだ……が。その叫んだ間の一瞬。

 ノアは軽やかに攻撃をヒラリとかわすと、カウンターで男のみぞおちに裏拳を叩き込んだ。


「!」

「どうした? 望み通り武器は捨てたが?」

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