ゲサモリンピックin1999(ゲボ紅葉)
夏休み少し前、うちのクラスに転校生がやってきた。凛々しい顔立ちで遠くを見つめるようなその転校生の少女は無機質な笑顔で自己紹介をした。
「はじめまして。本田 美鈴です。よろしくお願いします。」
彼女はすぐにクラスに馴染んだ。人当たりが良いし、容姿も悪くないから男子とも仲がよかった。
「美鈴ちゃん、隣の席よろしくね」
「うんよろしく」
遠い席で女子と会話しているのが聞こえる。返答しながら美鈴は笑う。
そんな彼女を俺は怖いと思っていた。確かに人当たりはいいが当たり障りのない受け答えばかりでオリジナリティがないのだ。まるで会話のマニュアル説明をそのまま実践しているような。そしてその会話と同時に繰り出される微笑みに少し違和感を感じていた。表面上だけというか本心では笑っていないような。でもそんなことはないような。彼女には独特のぎこちなさがあった。
美術の時間、ペアで向かい合って似顔絵を書くというよくある授業で俺は美鈴とペアになった。騒がしい教室の中、美鈴との間に沈黙が流れる。俺はこういう空気を気まずいとはあまり感じない。だが美鈴がその沈黙を破った。
「そのサングラスも書いた方がいいのかな」
いかにも普遍的な質問だった。俺は風呂と睡眠以外はサングラスをしている。真っ黒いサングラスだ。
「んー死んだ父ちゃんの形見だから外したくなさあるな」
「そうなんだ。じゃあサングラスも描くね」
テンプレのような会話を終え沈黙が再び流れる。
出来上がった俺の似顔絵はまるで俺で、サングラスが黒光りしていた。
帰り道、自転車を走らせていると、海岸添いに立つ美鈴を見つけた。一応声かけとくかくらいの感覚で声をかけた。
「よお」
「うわ、ちょっとびっくりした」
美鈴の驚いた表情を初めて見た。
「何してるんだ」
「海を見てたの。海って珍しくて。」
「そうなのか、俺はこの町で生まれてこの町で育ったからあまりそんなことは感じないな」
「そうなの」
美鈴が続ける。
「サングラス、ずっとつけてるんだね。」
「ああ、1番大事な物だしな。」
そこで会話が途切れそうだったから質問してみる。
「美鈴...さんは大事なものってあるのか?」
若干気持ち悪かっただろうかと少し後悔する。
「大事な物、大事な物か、、、」
美鈴は少しの間考えてから何かを思い出したかのように目を見開いた。
「大事な物、あるわ。」
と、短く言い、また海面を見つめ始める。
「そうか。」
喋ることもなくなって、俺も美鈴と同じように海面を見つけた。
その刹那、サングラスが俺の耳から滑り、重力に任され海にダイブする。
「「あっ」」
2人の驚嘆の声が重なった。俺は少し思考停止していた。そして、思考停止を加速させたのは美鈴の行動だった。美鈴はそのままの格好で海に飛び込みサングラスを拾ったのだ。
「おい!何してんだ!!」
カナヅチの俺より早く行動するものだからとりあえず手だけ伸ばした。塩水に濡れる彼女を引っ張りあげる。
「あーあ、濡れちゃった。しかも海水に」
「あーあじゃねえよ!でも、ありがとう」
お礼を言うと彼女と目が合う。サングラスを通さずに見た美鈴の瞳はとても綺麗だった。
少しの間があってから、
「サングラスが拾えて良かったわ。あなたの大事なものなんでしょう。落としたのが私の大事な物だったらと考えたら頭よりも先に体が動いて。」
と言った。そして俺は異常に気がついた。
彼女の体から煙が出ているのだ。
「おい、これって」
「私、ロボットなの」
そう聞いて、正直驚きと言うより納得という感情が勝った。あのぎこちなさは彼女が人間ではなくロボットだったからなのだと。
そして気づく。ロボットに海水はまずいということを。
「お前、死ぬのか…?」
「死ぬって表現は少し違うかもね、だってロボットだから元々生きてないんだもん。ただ人間でいたかったな」
皮肉交じりに彼女は言う。俺はその言葉にも違和感があった。だから言い返した。
「生きていないなんて言うなよ。少なくともさっき大事な物を思い出したあんたの顔は人間そのものだった。」
「そう、、、、なら悪くないわね」
そう言いながら彼女は目を開けたまま機能停止した。
俺はその無機な唇にそっと接吻した。
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彼は変わった人間だ。一日中サングラスをしていて目が見えたことがない。まあ変わっていると言ったら私はロボットな時点で大概だが。
「美鈴...さんは大事なものってあるのか?」
私の呼び方が定まっていないようだ。
「大事な物、大事な物か、、、」
特に無いと瞬間的に思った。だが、ふと私を創造した人間を思い出した。彼は私を大切にしてくれた。そして私も彼を大切に思っていた。遠い昔だが今もその記憶だけは残っている。
「大事な物、あるわ。」
「そうか。」
彼も私に倣って海を見る。すると彼のサングラスが真っ逆さまに落っこちる。
「「あっ」」
考えるよりも早く体が動いた。なぜか脳裏には私の創造主の顔が浮かんでいた。
「おい!何してんだ!!」
頭上から彼の声が聞こえ、手が伸ばされている。それに掴まり地上へと登る。そこで気づいた。塩水に濡れてしまったことに。
「あーあ、濡れちゃった。しかも海水に」
「あーあじゃねえよ!でも、ありがとう」
お礼を告げられた瞬間彼と目が合う。サングラスを外した彼の瞳は澄んでいて、いつの日かの創造主を思わせた。そして体温が上がる感覚がした。ああ、これも海水に濡れた災わいだろう。
「サングラスが拾えて良かったわ。あなたの大事なものなんでしょう。落としたのが私の大事な物だったらと考えたら頭よりも先に体が動いて。」
「おい、これって」
もう隠す気もなかった。彼には本当のことを伝えたいと思った。
「私、ロボットなの」
それを聞いた彼が事実を飲み込むまでの時間を待った。数秒後彼は事態を理解出来たようだった。
「お前、死ぬのか…?」
「死ぬって表現は少し違うかもね、だってロボットだから元々生きてないんだもん。ただ人間でいたかったな」
皮肉交じりに私は言った。もうどうでもよかったから。すると、
「生きていないなんて言うなよ。少なくともさっき大事な物を思い出したあんたの顔は人間そのものだった。」
と言われた。その瞬間ダムが決壊するような感覚に襲われた。彼が私の頭に入ってくるような。それもこれも海水が入り込んだバグだ。もう私の中は不具合だらけで機能停止寸前だった。
「そう、、、、なら悪くないわね」
ーーー彼女の記憶回路の最後に残ったのは柔らかい唇の触感だった