「トリック・オア・トリート」「トリックで」
ハロウィンという文化が若い世代に根付いたような気もするようなしないような、そんな中、俺もそろそろヤーシブデビューでもしようかとしていたけどーーー。
「ハチ公前封鎖できますっ!!」とレインボーロードもビックリなブリッジな展開となったので、路上飲酒もできない高校生の俺は、まぁ、せっかく準備しておいたし、ジャックオーランタンの被り物を被って、朝の学校の日差しを浴びていた。
もちろん、クラスの友人に朝早くに来てもらう約束をして、お気持ち程度のトリックオアトリートでもして、日光のあるハロウィンを一人先走って楽しもうという魂胆だ。
後ろで教室のドアが開く音がした。そして俺の後ろの方の席を引く音。きっとメールで連絡した友人が来たのだろう。まだ朝の七時。学校に来るには早すぎるハロウィンだ。
一人席に座り、カボチャをかぶっている俺。なんという度胸。
「トリックオアトリートっ!」
「……」
友人が女の子になっていた。
いや、まぁ、朝早くによく来ている子だったけども。
「……トリックで」
うん、お菓子は持ってないよね。学校に余計なものを持ってきたらダメだからね。カボチャの頭はギリギリセーフだろう。
ああ、カボチャをくり抜けたら穴に入りたい。
「お、お菓子をくれなきゃイタズラしちゃうぞ〜」
とりあえず、一応の間を持たせる定番セリフを言いながら?俺の思考は加速していく。
クラスの女子に、ハロウィン早朝に何をしているのだろう、俺。
これも全部、渋谷区のせいだ。今度、渋谷の中心で、横断歩道を渡ってやる。
ん、そうだ。まだ俺は被り物をしている一匹のハロウィンの怪物。中身が誰かはバレていないはず。そうだろう。クラスの女子の声だけで誰かを判断するなんてできない。よって、俺も顔を見られていないからセーフ。
そう、俺とはバレない。
よってイタズラは何をしてもいい。
俺は勉強している。イタズラの定番はトイレットペーパーだと。
しかし手元にはクラッカーと水鉄砲しかない。もちろん、学校に余計なものを持ってきたらいけないぞ。
よって、この場合……。
「君のノートにカボチャのラクガキを描こう」
思考は放棄した。
「どうぞ」
女子は、ノートを差し出してくる。
さて、このノートの片隅にカボチャのマークを描かせてもらおう。俺はなんてイタズラが上手なんだろう。TPOを理解している。朝の学校でできるイタズラなんて、この程度。黒板消しをドアの上に挟みたい気分だ。
俺は見事に15分間かけて、精巧なカボチャの落書きに熱中していた。
「あ、この子も欲しいって」
「はいはい」
ん、ノートをもう一冊受け取る。
女子が何人もいた。
おい、そろそろお早い組が来る時間帯じゃないか。
カボチャの被り物をしているせいで、めっちゃ目立っているんだが。そこ、他のクラスの女子じゃないですか。
イタズラが大変なんですが。
なんで、みんなノートを手に集まってくるのですか。
そしてジャックオーランタンさんは、女子の皆様に、自家製のカボチャのマークをプレゼントしたのであった。
おかしい……お菓子がもらえない……。
「斉藤、職員室に呼ばれているぞ」
チャイム10分前に今さら来た友人が、カボチャの俺に言う。
「わたしは、斉藤ではない。我が名はジャックオーランタン。夜の支配者だ」
「むっちゃ朝なんだが。てか、モテモテじゃん。俺もコスプレしてくればよかった」
とりあえず、話に付き合っている暇はない。知らぬ存ぜぬで通すぞ。俺は最後、ギリギリにチャイムに間に合うクラスの男子。カボチャ頭の変態なんて知らない。
そうして、職員室での職務質問を終えた。
「助かった。俺がカボチャの被り物なんて被るわけないんだよなー」
「ねぇねぇ、大変だったでしょ。今度トリートしてあげるよ」
今朝のクラスの女子だ。
トリート?
そういえば、トリートってなんだ。トリートメントのことか。treatって扱うとか処理するとかって英単語だよな。
まぁ、きっと文脈から何かねぎらってくれるのかな。
「サンクス」
ありがとうという魔法の言葉を唱えて、俺はハロウィンを無事にハローウィーンした。
もう二度と、学校でコスプレしません。文化祭以外では。
そんなこんなでハロウィンのこともすっかり忘れたバレンなにがしの日。
ハロウィン以上に定着したお菓子業界の陰謀の日。当然、俺のチョコレート指数のエンゲル係数は0を永遠に刻み込む理不尽な止まった振り子時計。
絶望のオーラで夜の支配者のような負の感情を明るい友チョコ女子の黄色い世界に漏らさないように静かに過ごしていた。
「お菓子あげるね」
俺の机の上にクッキー。
カボチャの形をした。
「トリックアンドトリートだね」
江戸の敵を長崎で討つような塞翁が馬のような情けは人のためならず。
しかし、仮面の男の正体とはバレていけない覆面レスラー。
「今度、知り合いのジャックオーランタンに渡しておくよ」
俺はカボチャのクッキーを手に入れた。
さて、ホワイトデーに、カボチャの青年を演じないとな。
「ん、そういう設定なの?」
そういうことなんだ。俺とカボチャとノットイコール。
職員室に連行されたくない。きっとまだ時効じゃない公然の秘密。
「じゃあ、今度、ジャックオーランタンくんに遊園地に行くように行っておいて」
「え、なんで」
「だって、街中で出かけたら目立ちすぎるし」
初デートが遊園地という青春モノの中で、俺はカボチャの頭を被っていた。身から出たカボチャ。
「危険ですので、被っているモノを脱いでいただいてかまいませんか?」
「……はい」
俺は絶叫系マシンの手前で絶叫した。