暗躍する影騎士
5話構成の読み切りです。
文字数二万文字。
ーーさぁ、影の任務を始めよう。
俺……クロード=スティッギーは危機から護衛対象を守るべく行動を開始する。
ちなみに言葉は俺の決まり文句のようなものだ。心の中で叫ぶとなんかかっこいいじゃないか。
自分は特別な人間なんだと。
護衛するのはハルバトス王国第二王女ティアリス=ハルバトス。
綺麗な瞳もそう癖のない腰まである絹のように艶のある髪。王族特有の綺麗な紫の瞳。
ティアリス王女はハルバトスの至宝とも呼ばれるほど容姿端麗。また、魔法や勉学も一流。まさに才色兼備でもある。
俺はそんなティアリス様から見て右後ろ後方10メートルほどの距離を空け歩いている。
現状を説明しよう。
ティアリス様はメロンパンとミルクを食べ朝7時に学園寮を出発。
一人で歩き、7時15分に到着、蒸気列車に乗り込み学園前駅に7時40分到着。
駅から学園に着くまでの間は徒歩で移動。
7時50分に学園の門に到着し敷地内に入った。
今日も安全に学園に着くまでは登校終了した。
……ちなみに俺は断じてストーカーをしているわけではない。
これは俺の大切な任務のためだ。
では、何故俺がこんなことをしているのか……それはティアリス王女に迫る危機から
俺の任務はそれを本人に悟られず危険分子を取り除くこと。
陰から彼女に俺の存在を気づかれず平穏な生活を過ごせるようにサポートするのが任務。
「ああ……今宵も危機が迫る」
学園の門から校舎へは少し距離がある。
白の石造りでできた綺麗な道。
どこにも異常が見られない。
だが、そんな道で今ティアリス王女に危機が迫っている。
先に言っておくが、暗殺者が迫っているわけでも、人攫いが物陰に隠れていると言うわけではない。
ティアリス王女に迫っているものそれは……石ころだ。
ティアリス王女の歩く先に自然に転がっている石ころ。
それがティアリス王女に迫る脅威。
何をボケているか……そう思う連中もいるだろうが、至って真面目だ。
この先俺が何もしなければ起こりうる未来を教えよう
ティアリス王女は右足で石ころを踏んでしまい足を挫いてしまうだろう。
俺はその未来を阻止すべく、行動している。
ふ、こんなのいつものことだ。
俺は少し早歩きになり、ティアリス王女と並列になり、右の人差し指に誰もが感知できないような微量の魔力を集める。
そのまま狙いを定めて魔力弾を石ころに向けて……放つ。
俺の指先から放たれた魔力弾はティアリス王女の前にあった石ころに直撃。
右足で踏む直前に石ころを転がしティアリス様の歩く道から大きく逸らした。
ティアリス王女は何も気づくことなく道を歩き続ける。
ーー任務達成。
今日もティアリス王女の平穏な日常は守られた。
ティアリス王女の平穏を守ることが俺の任務の一環なのだから。
何故俺がこんな任務をしているか。ハルバトス王国の成り立ちが関係している。
ハルバトス家はもともと一国の公爵家であった。
当時の国の国王はいわゆる腐敗政治をしていた。
国王は神、平民は人間ではない。そんなふざけた思考をもっていた。
そんな国が長続きするわけはなく、国民たちは不満が募っていった。
そんな時、国民の声を代弁したのがハルバトス家、革命を起こし国を乗っ取った。
それから始まったのがハルバトス王国だ。
だが、それは記された歴史では。
実はもう一つ、ハルバトス家を影から支え、革命に大きな貢献を残した家がある。
その一族は歴史に一切記されずにいたハルバトス家の人間のみが知る。
名をスティッギー家。
スティッギー家は「影の一族」と呼ばれ、諜報、暗殺、時隠蔽工作。スティギー家はそれらを引き受け国を陰から支えたのだ。
スティッギー家には古来より「隠魔法」と呼ばれる継承魔法がある。
「隠魔法」とはその名の通り魔法を誰にも感知されず発動するための技術だ。
これはいくつかあるが、石を退けるのに使ったのは無の弾丸
もともと暗殺に使っていた魔法で誰にも魔法を使ったこと悟られずに放つ。
魔法を使ったら空気中に漂う魔素という物質に反応する。
だから、勘の良い人ならば魔法を使おうとしただけでも気がついてしまう。
隠魔法はまず、魔法を使おうとした瞬間も気づくことすらできない。
継承魔法とは古来より次の子孫へとついだ独自の家の技術、唯一無二の魔法。
それらを行使するスティッギー一族は王族の懐刀である。
ハルバトス家とスティッギー家は互いに表と裏から国を支え合い深い繋がりがあるのだ。
そんな関係が変わること事が起こった。
戦争が終息し国全体で平和協定が結ばれたからだ。
時代が変われば関係も変わるが、王家とスティッギー家の間は変わらず良好な関係のままであった。
スティッギー家に与えられる役割も変わる。
暗殺や諜報で培ってきたノウハウ。
それは護衛という新たな任務。
継承魔法を活かし、人の目につかず、本人すら気づかれずに陰から守ること。
王族が街に出るならば一般人に紛れ込み陰から守る。
外国に行くならば姿を眩ませ誰にも気づかれないように守る。
スティッギー家は日々王家の安全を守るために奮闘しているのだ。
俺はそんな誇りある一族の子供に生まれ、6歳ながら大人顔負けで優秀であった俺は同い年のティアリス王女の平穏な生活を守ることを言い渡された。
ティアリス王女は生まれつき不幸体質で苦労していた。
周りからは「非運王女」だなんて呼ばれていたくらい。
それを改善するために俺が抜擢された。
スティッギー家の真骨頂は隠魔法を駆使する護衛される本人すら気が付かない影の護衛。
ティアリス王女を何から守ると聞かれれば、不運から。
例えば、石ころで転んだ。ぬかるみで転んだり、新鮮なはずの魚料理を食べ、毒味も済ませたはずなのに何故か食あたりになったり。視察先で何故かしらのトラブルに巻き込まれたり。そんな問題から守る。
ティアリス王女は優秀だ。英雄の再来と言われるほど。
土砂崩れが起きても魔法で結界を張り、魔物が現れても圧倒的な魔法力で蹴散らす。
魔法を駆使して物理的な問題なら自己解決できるが、上記の問題は無理だ。
ティアリス王女は少し抜けている部分があり、細かいところへの配慮が欠けている。
今日の朝もそう。
道の先にある石ころに気が付かず歩いてしまい俺がどけなきゃ足を挫いていた。
ティアリス様が平穏な学園生活を送るためにサポートするのが俺の仕事だ。せっかく清々しい気持ちで登校したのに転んだら気分が落ちる。
だから、細かい災難分子を退かせるのだ。
本来なら大人が対応する重要任務だが、俺が抜擢した理由は優秀の他にもう一つある。
実は俺には生まれつきの固有魔法がある。
「魔眼」を生まれつき持っている。
最高で数十秒先を見据えることのできる未来視。未来を見る事ができるだけだが、これはアドバンテージになる。
それを使うことでティアリス様に降りかかる災難を事前に知る事ができる
また、魔眼は体内で魔力を使うため、外に魔素が揺れることはないから気づかれない。
これほど適した人材はスティッギー家で俺だけ。
ティアリス王女の日常を守るには未来予想の魔眼と隠魔法の組み合わせは良いのだ。
ティアリス王女の日常を守れるのだから。
でも、ストーカーまがいなことをしなければいけないので良心が痛む部分もある。
毎日ティアリス様の近くにいるので友達と帰りに寄り道したり、かわいい彼女を作ってキャッキャうふふな毎日を送ることもできないが、気にしたことはない。
なんせそれがスティッギー家に生まれた宿命であり、俺は特別なんだと優越感に浸る事ができる。
ちょっと俺は病気かもしれないと思う。
でも、一番の理由は幼少期からずっと影からティアリス王女の成長を傍から見続けた。
ちょっと保護者視線になってたりする。
「ああ、今日はあの日か」
思わず呟いてしまう。
今日も変わらずティアリス王女の護衛任務をしているのだが、いつにもない真剣な表情で学園に向かう姿を見て察した。
今週も訪れたのだ。
週に一度の大イベント。
ティアリス王女が最近学園に通う一番の楽しみ。
数量限定揚げパンの販売日。
だが、残念ながらティアリス王女は入学以来食べたことがない。
一応行列に並んでいる。
早い者勝ちなのだが、ティアリス王女の順番が渡ってきた瞬間になくなる。
つまり、前に並んでいる人が最後の一個を買っているのだ。
毎回それが続いていたことから、学園ではとある都市伝説ができていた。
「ティアリス王女の揚げパン境界線」
列に並んでティアリス王女の前までに並べば必ず買えるという。
ティアリス王女は一度も買えない事で心が折れたりしない。
諦めずに毎回並んでいるのだ。
自分の不運を自覚している。自覚しているからこそその運命を自力で打破してやろうとする。
それがティアリス=ハルバトスという人間なのだ。
でも、俺は努力している人間は必ず報われるべきだと思う。
だから、今回俺はティアリス王女に揚げパンを買ってもらおうと思う。
毎回目の前で売り切れ残念そうにするティアリス様。そんな悲しそうな様子は似合わない。
どんなことが起きても笑顔を忘れない。
見せてやろう、スティッギー一族の真骨頂。古来より受け継がれし技術の集大成を。
ーーさぁ、影の任務の始めよう。
最後まで読んでくださりありがとうございました。