○は憑依者に過去を語り、感情を取り戻す
○は意志疎通出来る今回の憑依者に、今までの事を話した。
憑依した者が亡くなると、毎回同じ日の同じ時刻に戻るけれど、その度に自分以外の人間の意識が入り込み、自分の意思では何も出来なかった事。
今回と同じように憑依者に話しかけてきたが、話の通じる者はこれまで誰もいなかったこと。
「そっか。私が初めてなんだ。…ところで、名前、何て言うの? 明日の朝になったら、家の人がわたし?を起こしに来るでしょ?名前呼ばれても、誰の事?ってなっちゃうから、さ。」
○は、これまでの生活の記憶も、父母の顔も恋人の声も覚えているのに、何故か自分の名前を思い出せない事を伝えた。
「じゃあ、これまでの人はみんな、何て呼ばれてたのよ!」
『マリーと呼ばれていた子、キャシーと呼ばれる子、イザベラ、エミリー、カンナ、リリー、ユキ…』
○は思い出せるだけの名前を並べる。
「ちょ、ちょっと待って! 全部違う名前じゃない!どういう事?」
○に言われても、○にだってわからない。
『起こしに来る侍女も、お父様お母様も、みんな当たり前のように、わたくしの中に入った者が呼ばれたい名で呼ぶのですわ。そのような事を何回、何十回と繰り返しているうちに、わたくし、自身の名を忘れてしまいましたわね…』
「…名前、覚えてないとか、悲しくないの? 悔しいでしょ? 何でそんなに冷静なのよ!」
『そのような気持ちは、遠の昔に捨て去りましたわ。慈しんでくれた両親がわたくしの名どころか、わたくしの存在ごと忘れてしまっているのです。名を思い出せない程度の事で嘆いていられませんもの』
「そんな、その程度の事扱いしていい事じゃないわよ? 存在まで忘れられて、名も奪われて。…もっと怒りなさいよ。理不尽だって!」
○が淡々と述べるのを憑依者は戸惑いながら聞き、自分の事のように憤慨し、地団駄を踏んだ。
『……いやだ。あなたがそんな風に怒ってくださるのが、わたくし嬉しいわ。涙を流す身体もないのに、泣けてきましたわ』
○が身体を持たぬ身で泣いていると感じると、憑依者の頬に涙がつたっていた。