○の人生は何度も繰り返すが、そのどれも同じ人生にあらず
異世界の別人の意識、知識を持って異世界転生、転移する話は多いけど、元々の中の人はどこに消えたのでしょうか?
『あぁ、またなのね』
○は何度目かわからない、人生のやり直し地点に戻っていた。
「え? 私、異世界転生してる? やだ、なんで? グズッ、ぐすん、わぁああん」
○の身体には別の人物が憑依している。
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初めの人生で憑依された時は、○もさすがに今回の憑依者と同じように意識の底で泣きわめいた。
遠くで父母の声が聞こえるのに、○の声は誰にも届かない。
『お父様、お母様! わたくしはここです。それは、その者はわたくしではありません!』
ようやく婚約にこぎ着けたばかりの恋人が、憑依された○の肩を抱き、愛をささやくのを他人事のように聞いた。
『愛しい貴方には、この者がわたくしではないと解るでしょう? どうして、気付いて下さらないの。わたくしらしくないと。わたくしの事ならどんなことでも一目で解るとおっしゃったじゃない』
恋人にさえ気付いてもらえぬ事を嘆いても、自分の身を乗っ取り支配した者が好き勝手するのを止められなかった。
○が思うことは、○の身体を支配している者にはわからない様だったが、身体を乗っ取った者が何を考えているのか、○にはわかった。
○を支配している者の記憶と○自身の記憶は、どちらからも引き出せる様だった。
○を支配した者が○の記憶を覗き見るのを感じた。○の意識にも、見たこともない場所、人物、物の記憶が流れ込む。
どうやら○の身体は異世界人に憑依されたらしい。
異世界人には『異世界転生』とかいう現象として知られているらしい。○には到底受け入れがたい現象だが、憑依した側は○の身体に存在することを安易に受け入れている様子だった。
○の身体なのに○の意思では動かせない。憑依した者が我が物顔で好き勝手に行動するのを眺めるより他ない。○は少しずつ状況を受け入れざるを得なかった。
初めての異世界転生で憑依してきた者は、庶民の暮らしの方が良いと家出をし、父母を悲しませ、婚約者に恥をかかせた。そうやって庶民の生活を始めたものの、上流階級で育った○の記憶だけでは長く市井で生き延びることが出来ず、異世界転生から半年で貧民街の片隅でその生を終えた。
『わたくしの肉体は、ここで朽ち果てていくのね』
○がそう思った時には、憑依された半年前に戻っていた。
『あぁ、懐かしの我が家。戻ってこれたのね』
そう思う暇も与えられず、○の身体にはまた異世界人が憑依していた。
「やった!異世界転生成功! 鏡、かがみっと。えっやだ何、この子すごく可愛い。きっとすごくモテモテね」
姿を鏡にうつして、異世界人がキャッキャと言いながらくるくる回るのを、○は意識の底で見ていた。
今○が思うことは憑依した異世界人とは共有できないのに、憑依した者は○の記憶からこの世界を知り、○として生きていく。
ある者は○の生活をトレースして○としての人生を全うすることを選び、別の者は異世界には無かったらしい魔術に活路を見つけ、大魔術師として君臨し、また他の者は冒険者として生きることを選んだ。
またある時には異世界での経験を元に、○の世界には無かった産業を産み出し、偉大な実業家として成功を手にする者もいた。他にも同じような者はいくらか居たが、斬新なアイデアが受け入れられず失意の中生を終える者もいた。
大往生とまではいかなくても、それなりに長生きする事もあれば、初めての異世界人の様にすぐ幕引きになる事もあった。
そうやって○は何度も同じ生を繰り返した。
○の戻る時間はいつも同じ。
婚約式の日の夜、寝室で窓から入る月明かりの下、○の他に誰もいないひとりきりの時間に。
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「グスッ、スン。なんで? なんで?うわぁあ-ん」
『今度の子は受け入れられない系なのね。泣きすぎでわたくしの美しい声がヒキガエルの鳴き声みたいになってるじゃない!ああ、そんなに泣いてぐちゃぐちゃに涙鼻水垂らさないで!』
○の声は憑依している者には聞こえない。
『さて、この泣き虫なお嬢さんは、どうやって生きていくのかしら? まだ泣き止まないけれど、そろそろ泣き止んでも良いと思うのよ?』
○に憑依した新たな住人は、もう一刻近くグズグズと泣き続けていた。それも泣きじゃくる間にこぼす言葉は「なんで?」の一言のみ。
『何がそんなに気に入らないのかしら? これでも美貌も知性も魔力もこの国でもトップクラスのわたくしを気に入らないなんて、ほんと失礼な子ね』
○は、いつまでも泣き止まない異世界人に憤慨していた。
続きを書けることを願って、連載にしておきます。