練習1稿
拙著をお手にとっていただきありがとうございます。
私はADVゲーム制作を趣味としておりまして、これまで作家さんに依頼してシナリオをご用意いただいておりました。
この度、どうにか自作して予算を削減できないものかと考え、こうして練習のために筆をとってみました。
コメント等で、文字通り忌憚のないご意見を頂戴できますと幸いです。
また、返信等でご質問をさせていただくこともございますが、全て、私自身のスキルアップの参考にさせていただきたいという意図で行って参ります。こちらをご理解いただいた上で、遠慮なくご指摘等いただければと存じます。
いつもなにかと、貧乏くじを引かされていた。
原因は明白だ。頼まれたら嫌と言えないからだ。きっと、嫌われるのが怖いだけなんだと思う。
男子バレー部の部長になったのだってそうだ。
部長が面倒なのはみんな分かっていた。
今年の1年はまるで言うことなんか聞かないし、部をまとめるなんて出来そうにない。雑用だって一杯ある。今はまだ2年だが、3年になれば高校入試だってあるのに、最後までやらなきゃいけない。元部長の川村先輩だって、引退した今も、時々引継とか何とかで顔を出している。
だからこそ、僕が選ばれたのだ。口先では「和田が部長だったら、ちゃんとまとめてくれそう」だとか、小学校から同じチームの健太だって、「正一ならいつも皆のこと気にして色々やってくれるし」だとか、上手いこといっていたけれど、大方内心では、僕なら断らないことが分かっていたのだろう。
断ってやろうとも本気で考えた。
だが、断ってどうするのか?自分も同じように誰か適当な候補を立てて、押し付けてもやろうか。
いや、きっとらちが明かなくなる。普段自分がやられているようなことを他人にするのも気が引ける。ここは大人しく引き受けるのが賢い選択だと、あれやこれや自分にうまく建前をこじつけて、結局そのままあれよあれよという間に、見事、部長に就任したという寸法である。
だが、本音の部分ではやっぱり断れないだけだったことは、自分で一番よくわかっていた。断って雰囲気を悪くしたらどうしよう。断った末に結局役が回ってきたら、それこそ最悪だ。逃げようとしていて頼りない。そんな風に思われるかもしれない。
結局のところ、そんな臆病風に吹かれて、踏ん切りがつかないだけだった。
そして、夏休みを明後日に控えた今日も、面倒事が降って湧いたのだった。
帰りのホームルームのあと、鈴鹿に呼び出された。女子バレーの部長だ。
体育館の裏なんかに呼び出されてどぎまぎもしたが、いってみればなんのことはない。その顔はうつむいて、後ろめたそうなオーラは、遠目にも分かる。きっと何か"頼みごと"があるのだ。鈴鹿がこちらに気づく前に、一つ小さくため息をつき、ゆっくりと歩みよった。
「ごめん、待った?」
「ううん、全然。」
状況が違えばデートみたいな台詞だが、そんな冗談も言える様子じゃない。早々に本題に切り込んだ。
「それで、話って?」
「うん、あの……部活の事なんだけどね、」
やっぱりそうか。わずかな望みも絶たれて、残念に思うかたわらで、鈴鹿はつづける。
「どこから話したらいいんだろう……。えっと、9月に大会があるでしょ。」
赤いジャージの裾を握ったままだった。
「ああ、うん。」
「それで、女子、1年いれて7人しかいないじゃん。人数ギリギリでね。」
「そりゃ、知ってるよ。隣で練習してるし。」
鈴鹿の話が見えてこない。そんなことは、同じ体育館で練習してればすぐに分かる。今に始まったことではない。
「それで、どうしたの?」
こちらの苛立ちを察してか、鈴鹿の声が一段と小さく、たどたどしくなる。
「うん、えっと……それでね、何ていうか、最近……というか、期末テスト明けくらいからなんだけど、」
なんとなく話が見えてきた。
「もしかして、白金のこと?」
白金智恵理。小学校からずっとバレーをやっている、女子のエースだ。鈴鹿だって上手いとは思うが、その比じゃない。スパイクのスピードと重さは、男子にだって通用する。だがしかし、最近は確かに部活の時も見かけていなかった。
「あ、うん。そう。期末明けから全然練習きてなくて。それで……」
なるほど。白金がこのまま止めてしまえばさらに人数はギリギリ。それに、彼女なしでは決定力ははっきり言えば皆無だ。
それで引き留めるのを手伝って欲しいというわけだろう。意図を察して先手を取る。
「そっか……。まあでもまだ止めた訳じゃないんだし、それに、6人ならギリギリ出られるじゃん。」
「でも!!…………あの、実優ちゃんリベロだから……白金さんいないと、出られなくなっちゃうの。」
一瞬ながら、鈴鹿が必死そうに声を大きくした。
「あ、そうか……ごめん。」
不用意だった。
男子部には、頻繁に交代する守備要員のリベロはいなかった。
しかし、女子部は、リベロと交代するメンバー含めれば、7人必要だ。
松嶋実優は身長は150あるかわからないくらいだ。周りも、本人でさえも、バレーをやるには身長が足りてないことは十分分かっている。前衛にも参加してもらえばなんて、言えないだけのデリカシーは僕にもあった。
「先生にも相談したんだけど、『白金の決めることだから』って、なにもしてくれなくて。でも、みんなは私にどうにかしてって。」
本気か演技か、途中から涙声になりながら鈴鹿は言った。
「だから、和田くんにも、白金さん引き留めるの、手伝ってほしくて。」
「どうして俺なの?他にもいろいろ適役がいるんじゃないかな。それこそ松嶋とかさ。中1から同じクラスだし。たまには話してるし。」
「そうなんだけど、和田くんも同じ東小のクラブやってたんでしょ?白金さんもバレーのことなら、和田くんの方が話しやすいのかなと思って。」
少し早口になって、それからまた、ゆっくりに戻る。
「それに男子バレーだけど、同じ部長だし、頼みやすいかなって。」
結局のところ、鈴鹿も最後のところが本音なのだろう。
僕からすれば、そんな事情は知ったことではない。それこそ先生も言う通り、白金本人の勝手にしてほしい。
それでも。
「わかった。サボった理由くらいは聞いてみるよ。」
果たして僕は今日も、踏ん切りがつかないのだった。
もともと、白金とは同じ小学校だった。僕は小5からバレーを始めたが、白金はその頃には既にチームにいた。
バレーもうまかったが、勉強もよくできた。素行もいいし、先生やコーチには好かれていたと思う。
一方で、チームメイト、特に男子からは反感を買うことが多かった。いっていることは正しいが、歯に衣着せぬというか、思ったことを何でも口にする。僕らが気づいていながら、なあなあにしている事も指摘されるものだから、一層嫌だった。白金と話た後には、モヤモヤした感じが残った。
男女でチームが分かれる中学になってから、衝突は減った。でもきっとそういうところは中学に上がってからも一緒なんだろう。鈴鹿も特に部長という立場上、何度も白金と話をしてきたからこそ、今回のことも話しづらく感じているんだと思う。
当然ながら、僕だって白金は得意ではない。鈴鹿は、まるで僕ならうまくやれるかの様な口ぶりだが、口を開こうものなら言い合いになって、それも一方的に丸め込まれて終わってきたのだ。とにかく行き詰まった気分で午前日課の放課後、誰もいない教室に戻ってきた。
「まだいたんだ。」
誰もいないはずの教室から声がして驚いた。
廊下側の柱の死角にいたクラスメイトだった。
「ビックリした。黒澤か。」
黒澤雷斗。同じクラスの男子で、部活もやっていないから、今日のように遅くまで残っていることはほぼない。
僕の身長は、バレーの影響もあってか、170cmあって丈は大きい方だと言う自覚はあるが、それを差し引いても黒沢は小柄でひょろひょろとしている。クセっ毛の前髪は目までかかっていて、太い黒縁のメガネをしている、見た目どおりのもやしだ。
よく、他クラスの人と話している印象はあるが、うちのクラスでは鬱陶しがられていて、あまり話している印象はない。僕とも今日みたいに時折話すこともあるが、そんなときには、よく知らないゲームやアニメの設定の話を勝手に喋っている。
「ね、和田、ダクテンのオリキャラ思い付いたんだけど、ちょっと見てよ。」
そういって黒沢が差し出してきたのは、よく黒沢が独りの時に書き込んでいる無地の自由帳だった。
黒澤は絵が上手だ。アニメの独自のキャラを生み出しては、びっしりとミミズの這うような字で今みたいに「黒炎」だとか、「獄氷」だとか、それらしい字で設定を書き並べている。最近は「ダクテン」なるアニメにご執心だそうだ。僕もそれなりにアニメとかゲームとかは好きだが、それが何かの略なのかは、よく知らない。
「へー、強そうじゃん。でもこれ、炎と氷一緒に使うと溶けんじゃないの?」
いつものようにやり過ごすように、しかし興味がないとは突っぱねず、適当な反応だけする。
「いや、黒炎は公式の設定では………………」
こちらの反応のありやなきやなど、黒澤は特に気にもせず、いつものようにただ喋り続けている。黒澤には、なんというか独特な空気の読めないところがある。普段は周りを気にして静かにしているのに、時々、相手の反応などまるで意に介さないような態度をとるのだ。
普段であれば適当に返事をしているだけだだが、今日はそうもいかない。
「ごめん、ちょっと今急いでてさ、白金見なかった?ちょっと話があるんだけど。」
「いや、見てないけど、もう帰ってるんじゃないかな?鞄ないし。」
もう帰ってしまったとなれば、明日にするしかあるまい。厄介ごとが明日になっただけなのだが、緊張から解き放たれた。
「そっか、じゃあいいや。」
「和田は帰る?」
「うん。黒澤は?」
「俺も帰るからちょっとまってて。」
帰り道も黒澤の独壇場で、僕はただただ、相槌を打ち続けていた。
しかし、右から左へと流れていく言葉の中に、急に耳に留まるものがあった。
「あれ、白金じゃない?」
「え?本当だ。」
駅前の繁華街まで来たあたりで、黒澤の語りが急に止まった。3車線道路の反対側を指差す。
そこには制服のままハンバーガーのチェーン店の建物に入って行こうとする、すらっとしていて、女子にしては丈の長いポニーテールの影があった。白金だ。
世間一般の中学の例には漏れず、うちも寄り道は禁止だ。なんだか見てはいけないようなものを見たようで気まずい感じがした。
「いいの?」
黒澤が問いかけてくる。
「何が?」
「いや、さっき白金に用があるって言ってたじゃん。」
「え……そうだけど…………今はいいよ。」
「いいじゃん、いってきなよ。」
また黒澤の空気の空気の読めないところが発動する。
「いいよ、なんか嫌じゃん、寄り道してるところにさ。」
「いやいや、早い方がいいって。じゃあ、俺先帰るから!」
そう言って、走り去ってしまった。
無論、僕だって見ないフリをして帰ってしまうことはできる。だがそれも、余計ではあるが、黒澤の気遣いを無下にするようでなんだか気が引けた。
ちょうど青に変わったすぐ近くの歩行者横断の信号が、「行け」という神様の合図のような気もして、対岸に駆け出す。
ビルに入ろうとする白金に追いついて、声をかけた。
「よう。」
急に声をかけられた白金の背中は一瞬驚いたようだったが、頭だけくるりと振り返ると、いつものようにこちらをキッと睨みつけ、
「何?」
なんて、ぶっきらぼうに返事をした。この威圧感がずっと苦手だ。
「白金も寄り道とかするの、意外だなって。」
「はぁ?」
今度はいつも以上に不快さを込めた視線を向けてくる。
「塾!」
一つ間を置いて体ごと振り返り、それだけ言って顔の前で人差し指を立てる。
僕は真上に掲げられたビルの看板に「英桜塾」の文字を見つける。
「で?そんだけ?」
僕が黙っていると、白金は苛立ったように話してくる。
「あ、いや……。」
それだけ聞くと再び踵を返す。いけない。
「あの、部活のことなんだけどさ!」
一瞬声が裏返った。また頭だけ振り返って睨み上げられる。別に言いづらいことではないはずなのに、どうしても次の言葉が出てこない。
「何?」
白金は痺れを切らしているようだ。
「こ、ここじゃなんだからさ、ちょっと入らない?」
親指で店の方を差してみる。白金の方から断られるだろうと思った。断ってくれれればいいと思っていた。
しかし、白金は手首の内側の、ピンクの腕時計を見ると、
「……15分だけなら。」
そう言ってさっさと中に入って行った。
白金を追うように中に入ってカウンターの列に並ぶ。
昼のピークを過ぎた店内は、ずいぶん空いていて余裕があった。すぐに一つ前に立つ白金の番が来る。
何を頼んだかは分からない。会計の時、財布から惜しげもなく出した万券がちらりと見えた。
僕の番が来ると、僕は一番安いハンバーガーと飲み物のSだけを注文し、自分から入ろうと言い出したのを改めて後悔した。今度の日曜日にワリカンで市民体育館を借りたら、今月はそれでスッカラカンだ。練習後に遊びに行くのはパスになるだろう。
商品を受け取り、白金の待つ壁際の、4人がけの席へと向かい、彼女の対角に座った。
「それで?」
どう伝えようかと考えていると、フライドポテトを口に運びながら、白金の方から切り出してきた。
「最近、部活来てないから、その、……どうしたのかなって。」
若干しどろもどろになっているのは自分でも分かった。
「別に。和田には関係ないじゃん。」
そういうと、白金はストローを加える。
「直接関係はないかもしれないけど、同じバレー部だしさ。………何かしらあるだろ。」
ストローを口から離した。一つ思案しているようなそぶりを見せる。
「……部活、もうやめようと思って。」
飲み物の紙コップを置くと、窓の外を見ながら言った。正直、案の定という感じだった。
「そんな急に、何にもいわないで……。みんな困るだろ。」
あらかじめ決めていたセリフだった。
「みんなって?誰と誰と誰?」
揚げ足をとるような話し口で切り返してくる。こういうところも苦手だ。
「そりゃ……鈴鹿とか……。」
「へぇ、鈴鹿さんの差金なんだ。」
ドキっとした。図星をつかれたからだけではなかった。
「……そうだけど。でも、急にやめたら、みんなが困るのはそうだろ。大会も近いしさ。白金がやめたら出られなくなっちゃうじゃん。」
「そんなの、あたしには関係ないし。それに、一応頭数だけなら足りてるでしょ。」
何も言い返せなかった。松嶋のことを暗に言ってるのは分かった。でも、反論することも松嶋に悪いような気がしてできなかった。
「なんで急にやめるんだよ。ずっと、やってきたじゃん、バレー。」
苦しくなって、話題を変える。
「別にバレーをやめるつもりはないけど。」
白金が急に目を合わせてくる。
「じゃあなんで……。」
「バレーじゃなくて部活がつまんないの。緩〜く適当にやってて、本気になってやるわけでもなくて、大会だけ出たいとか、虫が良すぎるんじゃない?」
「そんなの、別に楽しみ方は人それぞれだしさ。」
「だったらあたしだって好きにやらせてもらっていいでしょ。」
再び白金が目を逸らす。
「あたし、カミジョ行きたいの。」
上郷女子高校。男子の僕でも知ってるくらい有名だ。バレー部が強いのもなんとなく知ってるが、それ以上に頭がいい学校ってことでこの辺りの私立では真っ先に上げられた。入り口での塾の話が僕の頭に浮かんだ。
「バレーもしたいけど……。……バレーするために、勉強もしなくちゃいけないし。」
何も言えなかった。相槌も打たずに、ただ黙って白金の顔を見ていた。
「だから、お遊びみたいにやってるなら、戻るつもりないから。」
白金は包みを解いていないハンバーガーを鞄に詰めると、トレーを持って立ち上がる。
「何もないなら、あたしもう行くわ。」
力なく「うん」とだけ返事をすると、そのまま店を出て行ってしまった。
いつも白金と話した後に残る苛立ちとか、何か引っかかったような気持ちは不思議とおこらなかった。
結局手の一つさえつけなかった目の前のトレーの上のものを狂ったように平らげて、そのまま僕も店を後にした。
閲覧誠にありがとうございました。
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