好奇心
男の話を聞くために毎日男の部屋に通った。男は一つだけ気になることを言った。
「これはお前の世界では当てはまらないかもしれない、何しろ情報が少なすぎる」
俺の世界って何だろう。世界というもの自体がわからない。
「世界って何?」
また知らない言葉が出てきた。
「社会は人間が生きやすくするための組織だ、そして世界というのはそれより大きな、大地のすべて、海のすべてを表す言葉だ」
大地が、土を表す言葉なのは知っていた。だけど海って何?
「お前の知識に地図がないのでわからないが、地面が無くなって水がいっぱいあるところが海、だよな、まあ湖も海の一種だというし」
男も自分の言っていることに自信がないのだろうか。
「水がいっぱいってどのくらい?」
「お前がいる建物がすっかり沈んで、それでもまだ足りないくらいたっぷりの水だな」
それだけでも俺の想像に余った。
その時初めて俺の頭の中に、外に出たらどうなんだろうという気持ちが湧いた。
外にはお母さまがいるという。
薄々わかっていた。この俺のいるお父様と過ごした場所の向こうにもっといろんなものがあって、たくさんの人がいる。
それは初めて俺の心に萌した好奇心というものだった。
それから俺は牢のあちらこちらを見て回った。何とか抜けられそうな場所がないか探して歩いたのだ。
外に出てどうしようとかそんなことは考えていなかった。ただ俺は外に出てみたい。
俺は初めて感じた衝動に身を任せていた。
そしてようやく見つけた俺の身体ならくぐれそうな場所。そして、あまり人けのない場所。
戸棚の影の窓を見つけた。
しかし格子がはまっているので俺がくぐって出ることはできなさそうだ。
「どうやったらあの格子を壊せるのかな」
そんな時、頼るのはあの男だけだった。
男は俺の知りたいことは何でも教えてくれた。
俺はだから教えてもらったものを用意すればよかった。
麻布と丈夫な棒。棒は薪の細いのを失敬した。麻布は俺の小さくなってきれなくなった服を持ち出した。
まず格子に麻布を通す。そして麻布の両端を結びさらに棒に結び付ける。そして回しやすい方向に棒をひたすら回す。
回しているうちに手ごたえを感じた。
格子がへし折れた。格子がはまっていた場所も罅が入っていたので何度かゆすれば簡単に取れる。
無事、俺一人ならくぐれそうな場所ができた。そして俺は身を乗り出して外を見た。背の高い建物が立っていて向こう側は見えない。だけど建物の向こうに別の風景がかすかに見える。
俺は何故か笑いがこみあげてくるのを感じた。だがそれを押し殺す。
そして戸棚を元に戻し壊れていることをごまかして、その日は終わった。
男の話では俺はすぐに大きくなる。そうしたらあの窓をくぐれない。だから外に出るなら早い方がいい。
だけど気づかれてはいけない。いつも通りを心掛けて俺は自分の寝床に戻った。