社会科の勉強
それから俺はその男のところに通い続けた。俺とまともに話してくれる相手などその男しかいなかったからだ。
男の顔は見えない。常に後ろを向いている。
たまに見たことのない本が落ちていることもある。家庭教師が教えてくれる文字とは全く違う模様のような文字が書かれている。
俺はその文字が何故か読めた。薄い本には経済新聞と書かれている。
経済新聞ってどういう意味だろう。
「経済新聞ってどういう意味?」
男は指ではじいて銅色のコインを俺の方に飛ばした。
「これが金、金で物を交換しているのが経済。ざっくり説明すると、金はいろんなものと交換できる。お前の周りの牢番も金をもらって仕事をしている。そしてもらった金で、服や食い物を交換して生活しているわけだ」
「そうなんだ、ふつう金を渡さないと食べ物はもらえないんだね、じゃあどうして僕は食事をさせてもらえるの?」
「ここは社会じゃない」
「社会?」
俺は首をかしげる。俺はものすごく知らないことが多いのだと男の様子から察しはついた。
「社会というのはこの建物の外の世界だ、たくさんの人間がいてそのたくさんの人間が円滑に生活するために金とか法律とかそういう決まりごとがある、これは前に話したな、そして罪を犯した人間が社会から隔離されることがある。ここはそういう場所なんだ」
「うん、それでどうして隔離されるの」
「お前、いろいろと頭の中ががちゃがちゃだな、難しい言い方で通じるとは、家庭教師も偏った教育してるな」
男はため息をつく。
「普通は、そいつが社会にいたら迷惑だからだな」
「俺、迷惑? お父様も迷惑?」
人に迷惑をかけた心当たりのない俺は不思議に思う。
「多分、お前のお爺様がとんでもない迷惑をかけたんだろう、子供や孫まで責任を取らせなきゃならないくらい」
俺はそれが何なのかわからない。人に迷惑をかけたらいけませんと家庭教師が小さいころ言っていたと思う。
だけど迷惑がわからない。牢番もお父様も何も俺に言っていない。
「で、多分俺の想像だが、お前のお爺様けっこうなお偉いさんだったんだろうな」
「偉い人?」
「社会の中で重要な仕事をする人だな」
男は俺に社会の仕組みを教えてくれるようだ。