見知らぬ部屋
お父様がいなくなってからどれくらいたったのだろう。俺は家庭教師と食事の時間以外はある程度自由にしていた。あるいは無視されていた。だから廊下を歩くことも普通にできていたのだ。だから今までどうしてあの扉を見つけることができなかったのか不思議でならない。
俺があの扉を見つけたのは昼食後、しばらく誰も俺にかまわない時間だった。
何度も通ったろうか、その壁に今まで一度も見つけたこのない場所に唐突に扉があった。
その扉は俺が一度も見たことのないつくりをしていた。扉の持ち手は他の扉は半円状になっていたのに、その扉は丸く飛び出した持ち手がついていた。
他の扉は古びたささくれた木の板でできていたが、その扉だけはつやつやとした琥珀色の板で作られていた。
俺はその扉に手をかけた。意外なくらいあっさり扉は開いた。
扉の内側は柔らかなクリーム色の壁や天井。灰色じゃなかった。
テーブルほどの広さのその場所から一段高くなった場所があり、さらに奥に部屋がある。そしてその部屋からかすかな楽の音が聞こえてきた。
俺はその場所にさらに足を進めた。
その部屋はとても奇妙だった。
床は植物を織ったと思われる敷物が敷き詰めてあった。
壁は先ほどまでの入り口と同じくクリーム色で、頭上に張り付けた玻璃細工から明るい光が降り注いでいた。
壁には薄紙に描かれた絵が飾られていたがまるで生きているかのような精緻な女達が微笑んでいた。
壁際に低い棚があり、その上に奇妙な大きな板が置かれていた、その中に描かれた絵が、絵の中であるのにもかかわらず軽快に踊っている。楽の音に合わせて踊っている。
音を発するものは探しても見つからず、楽の音はその板から発しているようだった。
低い見たこともないテーブルがあり、その上に何か、棚の上と同じように動く絵が見えるそれより小さな板が見えた。
そしてその傍らに座っている男。
その男は後ろを向いているので顔は見えない。背中を見た限りではお父様より少し大柄だった。切りそろえられた真っ黒の髪。
俺は茫然とその部屋の前で立ち尽くしていた。
「お前、いろいろ詰んでいるな」
男はこちらを見ることなくそう呟いた。