皇帝
「戦争になったら大勢の人が死にます、一人で済むならそうした方がいいでしょう」
俺は真摯にそう言った。皇帝は不気味なにやにや笑いを崩さない。
「お前が本物である証拠は?」
「それは俺を連れてきた連中にこそ聞くべきではないですか?」
皇帝の笑みが崩れあとは大爆笑だった。
ひゃひゃひゃひゃ、とても笑い声だとは思えない壊れた笛が立てるような声で皇帝はしばらく笑い続けた。
「ああ、そうだな、偽物をつかまされたとしたら責任は俺にあるよなあ、従兄弟殿」
そう言って玉座を降りて俺の前髪を掴んだ。
「で、それはお前ひとりの考えか?」
「そうだ、俺一人で考えて実行した」
正確には御婆様の助力を頼ったが。だが誰の意向も俺は汲んでいない。
「お前、今までどこにいたんだ?」
皇帝は急に話を変えた。
「お前のような存在を俺は一度も聞いたことは無い。実際俺が王位継承者として頂点に立ったと間違いなく確信したからこそ、あちらに玉座を渡せと命じたのだぞ」
「俺とお父様はずっと牢獄にいた」
俺はありのままを話した。
「俺は気が付いたら牢獄でお父様と暮らしていた。ある日、お父様は毒の入った酒を飲んでいなくなってしまった、それから俺は一人でいて、それから俺を迎えに来た人がいた」
正確には違う、お父様がいなくなってから俺のそばにはあの男がいた。
「お前、アドルフの孫か?」
皇帝はしばらく俺の話を吟味しているようだった。
「知らない」
宮に知らない名前が出て俺は首をかしげる。
「俺の祖母の兄だった男の名だ」
俺は今まで聞いた話をそれと突き合わせてみた。
「もしかしてお父様のお父様?」
皇帝は頷く。
「なるほど、血を繋げる道具として幽閉して飼っていたのか」
そして俺の髪を掴んだまま俺の顔を上げさせた。
「お前、憎いか?」
再びあの異様なにやにや笑いが皇帝の顔に浮かんだ。
「お前、お父様を殺した廷臣どもが憎いか?」
あいつらがお父様を殺した。そう、そしていずれ俺を殺す。
「もしも誰かが不幸にならなければならないなら、あいつらであってほしいと思う」
皇帝は俺の髪を離した。
「なるほど、それでいい」




