お父様
俺の一番古い記憶はお父様と過ごした日々だった。
俺とお父様は気が付いたら二人で暮らしていた。
毎日何かしら食べ物を持ってくる使用人と、俺のための家庭教師。そしてたまに廊下を歩いている警備兵。俺の視界に入るのはそれだけだった。
粗末な石の寝台に藁を盛って布をかけただけで寝て、食事は野菜とほんのわずかに入った塩漬け肉のスープとパン。
だから俺とお父様はいつもがりがりだった。
お父様もずっとここにいたという。そしてお父様の子供のころ、お父様のお父様もここにいたそうだ。
お父様のお父様はここではないところでずっと暮らしていたと言っていた。こことは違うきらびやかな美しい場所。
お父様は空くらい美しいの、と尋ねたそうだけど、お父様のお父様はそんなもの比べ物にならないと言った。
ここに奇麗だと言えるものなんて空くらいしかなかったので、お父様はとても驚いたそうだ。
婚約破棄や、アマーリエ、マデラ、それがどういう意味かお父様はわからなかったけれどお父様のお父様はマデラに会いたいとよく言っていた。そしてアマーリエさえいなければそんなことをよくつぶやいていた。
それもよくわからない。俺たちが見る女なんて飯炊きの婆さんと呼ばれている人の姿を遠目に見るだけだ。
お父様のお父様がいなくなった後、お父様のもとにお母様がやってきたそうだ。
お母様がやってきて俺が生まれたんだそうだ。
だけどお母様はお父様は俺が一歳の誕生日を迎えた後どこかに行ってしまったとだけ言われた。
お母様は子供を作れと言われてきて、俺が生まれたらほとんど交流することなく、今では名前も覚えていないと。
俺は全く覚えていないが、いたことはあったのだろう。
そんな話をしてしばらくしてお父様はいなくなった。
お父様はテーブルに突っ伏して息をしなくなっていた。
お父様の傍らにはひっくり返った見たことのない盃、
衛兵がやってきてお父様を運んで行った。それから俺は一人であの部屋にいた。




