俺の決めたこと
俺は御婆様と話していた。
「このあたりの国はすべて同じ神に祈るのですね」
「さようでございます」
俺たちはとても改まった形で話している。
俺は椅子に座り御婆様は俺に跪いている。俺は御婆様のつむじを見下ろしたまま口に出す。
「ならばラーマ帝国に手蔓があるのではないですか」
俺は御婆様の顔を見下ろした。
「それを知ってどうなさいますか」
顔を下げたままの御婆様。それがどんな表情をしているかわからない。
「そうですね、交渉の余地はあるのではないかと思われます」
「子供の考えることは」
「俺は別に王になりたくてなったわけじゃない。そして王でいたいわけじゃない、でも下手をすれば戦争になると思っているんじゃないですか」
たぶん、先代の王が死んだ時点でラーマ皇帝はこの国の王座を請求する権利が生まれたと判断したんじゃないのかと思う。そして俺の即位ではしごを外された気持ちでいるのだろうと。
だけど俺を暗殺して再び王座の請求権を発動したってうまくいくわけがない。どう考えても戦争は免れない。
戦争になればだれが死ぬのかと言えば、街にいるような人たちだろう。
この国はとても広くて、その隅々に人がいる。
ラーマ帝国寄りの場所に住んでいる人たちはたぶん皆殺しになるんじゃないかな。
一度も会ったこともないだけどどんな暮らしをしているか何となく察しのついた人たち。
「罪なき国民を死なせるのはよくないことですよね」
「そうですね」
「御婆様、神様はこの事態を止めることができますか?」
俺の尋ねる声に御婆様は無言だ。
「じゃあ、どうします、ただ手をこまねいて罪なき人々の死を待ちますか」
俺は何となく思ったことを口にする。そしてだんだん気持ちは固まってきた。
「だから、俺は動きます」
「何をするつもりですか」
「俺がラーマ帝国に話をつけます」
御婆様が初めて顔を上げた。御婆様の顔に表情はない。
「正気ですか?」
「ラーマ帝国の王女に婚約破棄を叩きつけたお爺様よりはたぶん正気です」
あまり参考にならないことを俺は呟く。
不意に男の声がした。
「多分、お前死ぬぞ」
「ごめん、もう決めた」
そう呟いた。男は小さく苦笑した。
「それがお前の決めたことなら協力しよう」
俺を生かすために知恵を貸してくれた男は俺が死地に向かうと分かっていて手を貸してくれるという。
ごめんなさい。
俺はそのことだけは詫びておこうと思った。




