俺の仕事
女の面会から数日俺は何枚もの書類にサインをすることになった。
俺の名前、ほとんど意識はしていなかった。俺の名前を呼んだことのあるのはお父様だけだった。俺を呼びに来た連中は俺の名前をただ読み上げただけ。
お父様が亡くなって何年もの間呼ばれることもなくほとんど忘れていた名前を一体何回書いただろう。
俺の後ろにいる連中は俺が書類を読む暇も与えず、ここにサインを入れろと指さすだけ。
男が言っていたこの国で一番偉い人の承認を得ずに何事も進まないということか。
俺は書類を読むのをあきらめて無言でひたすらサインを入れた。
それでも斜め読みながらある程度のものは読み取れたが、かなりごちゃごちゃしている。
とにかくありったけの書類を持ってきたようなのだ。
港の整備。港というのは外国へ行くための施設だと男が教えてくれた。その書類の後に畑の開墾の書類。そして次は園遊会のお知らせだ。
園遊会は何なのかわからないので後ろの男に聞いたが、儀式みたいなものだと面倒くさそうに教えてくれた。
どうやら俺はどんな書類でも黙ってサインするのが仕事だと思っているようだ。内容など知る必要がないと。
その話を聞いて男は大きく頭を振った。
「もしかしたら状況は最悪の局面かもしれんぞ」
男は顔を見せない、だけど声だけでうんざりという気持ちが簡単に読み取れた。
「国に偉い人がいないので何も決められない、ここはわかるな」
俺は頷く。
「で、偉い人ができた。だけど決めるのはその偉い人じゃない。たぶんいろんな決め事のある部署があって、そいつらがただサインを欲しがっている状態なんだ」
「書類はちゃんと読まないといけないんだよな」
「当たり前だ、俺は隅から隅まで書類を読んで納得してからサインを入れる、それがサインするということだ」
つまり自分たちの好き勝手に描いた書類を出されても俺のサインがあれば通用してしまうということだ。
やっといてなんだけど、あれ良かったんだろうか。
「まあ、自分たちの住む家の柱をかじり倒すような馬鹿じゃないことを祈るしかないが」
男はなんだかよぼよぼしている。
「ろくでもない書類だった場合、状況次第じゃお前が責任を取らされることになるんだろうな」
それが男の言う最悪の事態なんだ。
「お前まだガキだからなあ」
ガキだから、そうだ俺はまだ子供だ。
「子供は普通仕事なんかしない、子供のすることはお勉強と相場が決まっている」
「でも外の子供は働いてたぞ、さぼってたけど」
さぼってたのはたまたまだろうが、多分こちらでは子供が働くなんてことは普通なんじゃないのか?
「いや、貧乏人ならともかく、いいとこの坊ちゃんはお勉強するもんだ」
確かに俺は家庭教師についていたが。
「まさかとは思うが、お前がガキのうちに自分たちの利権に必要な書類にサインさせようとするかもしれないな」
利権って何?
やはり俺は基本がわかっていない。外で育てば理解できることだったんだろうか。