すべての終わり
天上のトロッコから放たれた、たった一発の雷撃。
それによって、パニック寸前にまで陥りかけていた人々だったが、皆空中ジャンケンの時と同じく、一斉に空を見上げていた。
彼らが見つめる先にあったのは――当然の如く、紀夫が大空に浮かぶ雲にデカデカと描いたロリ系のエロ漫画群であった。
当然の如く、Shippori and the Cityな行為が繰り広げられる内容なだけに、それらに嫌悪したり憤慨する声もあったが――多くの人々はそれ以上に、信じられない現象ながらも、先程までの恐怖の雷鳴とは異なる光景に楽し気に思い思いの感想を口にしていた。
――なんだ、なんだ~!?ありゃ、一体どういう原理で描かれてやがるんだ???……いや、今はそんな些細な事よりも先に、早くズボンを降ろさないと!
――ママ―!ボクもしょうらい、あぁいうじょうずな絵をかけるようになりたーい!!
――駄目よ、たっくん!あんなモノ、観たりしちゃいけません!!
そう言った人々による活発的な感情のやり取りが、地上のいたるところで繰り広げられていく。
天に描かれた卑猥なポルノ漫画と、ここ最近では珍しくなってしまった活気に満ちた人々のやり取り。
その両方を見ながら、老婆が両手を合わせながら、静かに呟く。
「まさか、アタシが生きている間に、これほど摩訶不思議かつ賑やかな光景を目にする事が出来る日が来るとは夢にも思わんかったぞね!……ありがたや、ありがたや~!!」
そう口にしながら、天に向かって両手を拝み続ける老婆や知り合いのご老人達。
別の場所では、年明け早々出勤することになっていた中年のサラリーマンが、賊滅缶コーヒーを飲みながら、紀夫が大空に描いた力作を眺めていた。
「……今まで何かに急かされたようにあくせくと進み続けてきたけど……たまには、こうやって立ち止まって空を見上げるような、そんな心のゆとりって奴が、俺には足りていなかったのかもな~……」
別に清廉潔白でもないが、そういう文化や性癖に対して興味がなかったからか、この中年男性は紀夫の描いたエロ漫画を見ても、特に興奮したりすることはなかった。
だが、それでも――心にじんわりと灯った暖かさを感じながら、彼はいつまでも空を見つめ続けていく。
『凄まじい……これが、前人未到の領域にまで踏み込んだロリ系専門のエロ漫画家の実力なのか!!』
地上の人々の様子を見てからすぐに、急遽紀夫の作品を分析し始めるトロッコ。
その結果トロッコは、その身を雷鳴で打ち抜かれたかのように、驚愕の声を上げていた。
『わからせおじさん、本当は他者との繋がりを求めるメスガキ、そして、二人の仲を引き裂こうとする保護者会の魔の手……まさか、私が諦めていた人々の生の躍動というものが、この漫画に記されているとは!!』
表面上は冷徹な態度を装いながらも、自身の奥深くで激しく求め続けてきた人間という存在への憧れ。
激しく渇望しながらも、長い時をこの空の上で過ごしているうちにいつしか諦めてかけていたそんなトロッコの想いを、神風 紀夫という男はこの短期間で仕上げることに成功していた。
「僕ちんがこの雲に描き尽くした膨大なエロ漫画も、そのうちすぐに形を崩しながら消えていくのかもしれない。――だけど、この漫画を見た人がまた僕ちんの新作が発表されてないか期待して、また空を見上げる時が来るのなら!……僕ちんが作品に込めた想いというのは、決して失われていない事になるんだよな~!!」
紀夫の発言を受けたトロッコが、数瞬ほどじっと考え込むかのように沈黙する。
この雲の化身が何を考えているのか、顔と呼べるものが存在しない以上、表面上では紀夫達に判断する事は出来ない。
やがて、ゆっくりと――トロッコが紀夫へと語り掛けてきた。
『それが、人々のひたむきな想いを尊んでいたにも関わらず、そんな彼らが生きる地上を破壊し尽くそうとした私に対する君の答え、という訳か紀夫。……だが、一つだけ聞かせてほしい。君が卓越した技術の持ち主とはいえ、何故しがないロリ系専門のエロ漫画家に過ぎぬはずの君が、ここまで危険が伴う場所にまでやってきたのだ?単なる正義感などという代物ではあるまい?』
そんなトロッコの問いかけに対して、紀夫が人差し指を立てながら自信満々に答える。
「幼女との営みを描くものにしろ、それを読んで楽しむだけにしろ、アダルトユーザーには越えてはならない一線というものがある。――それが、『YES!ロリータ、NO!タッチ』なんだな~!!」
そう口にしてから、「だからこそ」と紀夫は言葉を続ける。
「そんな彼女達の貞操どころか命までも脅かす危険性のある君の目論見を看過するわけにはいかなかった……とまぁ、僕ちんみたいなロリ系漫画家が立ち上がる理由としては、そんなものじゃないかな?」