狂乱怒涛・天界壊戦
トロッコが憤激するのと同時に、地上では大きな騒動になっていた。
それも無理からぬ事であり、トロッコが空の上から放った雷撃の一つが、地面に墜落した結果、凄まじい衝撃と爆砕音によって、地表に巨大な陥没が出来るほどになっていたのだ。
突然の天変地異としか言いようのない事態を前に、人々がパニックに陥りかける。
「な、なんだ~~~!?一体、空の上で何が起こってやるんだよ!!」
「これはきっと、深刻な環境問題か何かに違いないわ!……は、早くエコバッグで次の一撃を防がないとッ!!」
「ヒェ~~~!!なんまんだぶ、なんまんだぶ……!!」
このまま行けば、ここら一帯はトロッコから放たれる雷撃だけでなく、恐慌状態になった人間達の群衆心理による暴動で壊滅的な被害を受けることになりかねない。
かといって、天に届かぬ地上の人々ではこの事態をどうにかする事は不可能である。
今や彼らの命運は、完全にジャックと神風 紀夫の二人に委ねられていた――。
眼前に浮遊するのは、荒ぶる雲の王とでも言うべき存在:トロッコ。
人為らざる存在であるこの超自然の体現者には、人間が用いるマトモな攻撃手段が通じるのかすら定かではない。
だが、それでも――ジャックは不敵ともいえる表情のまま、トロッコを見据える。
「“自分のことを忘れて欲しくない”、か……アンタの気持ちは、分からんでもないさ」
だがな、とジャックは言葉を続ける。
「こんな大それたことをしなくても、人々の記憶に刻まれるための方法は他にいくらでもあるんだ。――俺にはそれが出来ないけど、この人にならそれが出来るッ!!」
そういうや否や、ジャックは横へと視線を向ける。
「 紀夫さん!!――あとは、アンタに任せたッ!!」
この局面においての、ジャックからのあまりにも無茶ぶりという他ない発言。
にも関わらず、紀夫は嫌な顔一つせずに「アイヨ~!」と気軽に答えながら、宙へと跳ね上がる。
それどころか、彼の瞳は好奇心や歓喜といった感情によって、爛々と輝きを放っていた。
紀夫は興奮した様子で、早口でまくし立てる。
「くぅ~~~!!我慢してきたけど、遂に僕ちんの出番なんだな~!!……アダルトコンテンツ業界広しといえど、ロリ系エロ漫画家で雲の中にまで移動してきたのは、おそらく僕ちんが史上初に違いないんだよな~!!」
ロリ系エロ漫画家が、誰も足を踏み入れたことのない前人未到の領域に到達したという歴史的栄誉からくる規格外の喜び。
そして、トロッコは憤激で猛り狂った状態ながらも、辺り一面は全て、真っ白な雲で構成されている。
――ならば、この光景を前にして、神風 紀夫という男がすべきな事はただ一つ。
彼はクワッ!と目を見開きながら、どこからともなくGペンを取り出す――!!
「これだけ真っ白な原稿用紙があるのに、何も描かないのはエロ漫画家の名折れなんだよな~!!……誰も空を見上げなくなって悲しいというのなら!――僕ちんが空を見たくてしょうがないような名作を描ききってみせるんだな~!!」
そう叫びながら、物凄い勢いで紀夫が周囲の雲に向かって作品を描き始めていく――!!
『ッ!?――よせ、やめろっ!!き、貴様、この清浄なる雲の世界に、ロリ系エロ漫画なぞを描いたりするんじゃないッ!!』
紀夫の凶行を前に、悲鳴にも似た叫びを上げるトロッコ。
絶叫とともに放たれた雷撃が紀夫のもとへと放たれ直撃するが、それらも
「ムムッ!何やら閃き来ましたぞ、コレ―!www」
と、作業に没頭した紀夫に良いように捉えられた結果、さらに彼が雲に描く作品のクオリティと速度が跳ね上がる形となっていた。
『あ、あぁ……!?』
トロッコが怯んでいる間にも、着々と紀夫の作品が大空へと仕上がっていく。
自身の領域が、エロ漫画家によって蹂躙されていく様を黙って見つめることしか出来ないなか、トロッコが諦念を含ませて短い呻き声を上げ始めていく……。
『こ、これで何もかもおしまいだ……!!大空にこれほどデカデカといかがわしいロリ系エロ漫画を描かれてしまっては、地上の人間達は天に対して見果てぬ憧憬を抱くどころか、見下げ果てた童貞扱いして馬鹿にしてくることは間違いない!!』
あぁ、嫌だ……!!と、悲痛な響きとともに、トロッコは抑えきれない無念を吐露し続ける。
『これも、地上を雷撃にて根こそぎ破壊し尽くそうとした報いなのか……?あぁ、嫌だ!!こんな形で、人々の想いから生じたはずの私が消えるなど、なんという……悪夢だ……!!』
そう言いながらも消滅を覚悟していたトロッコだったが――それに対して、ジャックが待ったをかける。
「いや、全てを諦めるのはまだ早いんじゃないか?――トロッコ、アンタは本当に何も感じないのか?」
『ジャックよ、お前達は勝者だとはいえ、そこまで敗北した私を嬲る権利があるとでも……いや、何だ、この感覚は……?』
そこまで答えてから、トロッコは自身の中にある違和感を覚え始めていた。
もっともそれは、エロ漫画を描かれたことによる不快感や自身の力の源である人々の想いが消失した、といった感覚ではなく……それどころか、自身の中に急激にそれらが膨れ上がっていくのをトロッコは感じていた。
長く天の上に存在しながらも、体感した事のない未知の感覚。
それを前に、トロッコが誕生してから初となる困惑の感情を見せる。
『こ、これは一体……?お前達、一体なにをしたのだ!?』
そんなトロッコの問いかけに対して、ジャックと紀夫が勝ち誇ったかのように――けれど、見下すのとは異なる真に楽しいと言わんばかりの笑顔を浮かべていた。
ジャックがトロッコに向けて、諭すかのようにそっと語り掛ける。
「トロッコ。アンタは地上の人間が俯いてばかりで、空を見上げなくなったことを嘆いていたようだが、空の上にいるアンタも自分の眼下で生きる人達と向き合うことを忘れていたようだな?――ちょっとだけ、地上の様子に目を向けてみたらどうかな?」
『……』
ジャックに促されるまま、高性能である中央のレンズで地上の様子を観察するトロッコ。
――そこには、驚くべき光景が広がっていた。