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“トロッコ”

 トロッコと名乗った雲の化身とでも呼ぶべき存在。


 荘厳な名乗りに相応しいトロッコの威容を前にして、わななきながらも紀夫が睨みつけるように叫びを上げる。


「な、なに!?トロッコだと!!……クッソ~、どこかのゲームで見たことのある敵キャラみたいな名前とビジュアルをしやがって~~~ッ!!」


 そんな紀夫の発言を無視して、トロッコが話を続ける。


『それにしても、まさか、自力でこの空の領域にまで踏み込んでくるものがいたとはな……その方法もさることながら、あの白熱した“空中ジャンケン”とやらも、私がいるこの雲の上に辿り着くための演技だったとはな……!!』


 厳格さの中にも、どことなく愉快そうな響きが含まれるトロッコの意思。


 それに対して、今度はジャックが不敵な笑みとともに答える。


「アンタに信じてもらえるかは分からないが、俺はもともと豆の木一本で雲の上まで登ったことがあるから、こういう天上の世界で起きている異変というのには、割と敏感な方なんだ。……ただ、空の上まで登る方法を確保できたとしても、この空の支配者であり、異変の中心的存在であるアンタにそのことを察知されたら、アンタのところに向かう途中で撃墜されるのは目に見えている。――だから、俺はアンタに狙いを悟らせないように、エロ漫画家の紀夫さんに一芝居打ってもらう事にしたんだ」


 真の狙いが雲の化身であるトロッコだと気づかせないようにしながら、雲の上まで移動しなければならない。


 世界広しと言えどジャックが知る限り、そんな無理難題を叶えられるのは、かつて豆の木をつたって天の上まで昇った事がある自身と、ロリ系専門のエロ漫画家である神風(かみかぜ) 紀夫(のりお)という人物のみであった。


 ジャックは紀夫と白熱した“空中ジャンケン”を繰り広げることによって、空の上まで上り詰める事に成功したのである。


「俺というイレギュラーさえいなければ、地上の誰にも企みを察知されることがなかったほど慎重なアンタの事だ。自身と何の関係もない俺達が、たまたま空中ジャンケンに夢中になっているだけなら、下手に迎撃したりして、大ごとになるような真似は避けてくると俺は睨んでいた。――もっとも、その読みも絶対ではなかったが、今回は俺達の“勝ち”のようだな?」


 そんなジャックに対して、トロッコが無機質な三つのレンズ越しに、否定の意味合いを込めて返答する。


『……いや、これは賭け、などと呼べるようなものではない。お前達がもしも、自分達の筋書き通りに演技をしていただけだったのなら、我は明らかな不審存在として雷を浴びせていただろう。――だがお前達は、紛れもなく最初に自分達の決めたルールに従って、筋書きのない本気のジャンケン勝負に挑んでいた。覆しようのないその事実こそが、ここまで私の判断を鈍らせたのだ……!!』


 実際のところ、ジャックが口にするほど、この作戦は気軽に行えるものではない。


 演技であることがトロッコに気取られてしまえば、撃墜されるのはもちろんのことだが、空中ジャンケンの真っ最中にどちらかが勝利してしまえば、勝利した事によるやり遂げた感情からの脱力、もしくは敗北したことによる消沈といった精神的要因から、闘気が薄れた両者もろとも一気に上空から地表へと叩きつけられていたとしても、おかしくはなかったのだ。


 ゆえに、二人がこの作戦を成功させるには、やらせが一切介入する余地のない本気の空中ジャンケンで、トロッコのもとまで“あいこ”を出し続けるのみ――。


 ジャックと神風(かみかぜ) 紀夫(のりお)


 両者ともに、それだけの事が出来る実力があると判断し――互いに命を預けるに相応しいと信頼したからこそ出来る判断であった。



『人の身でありながら、我が領域にまで到達する確かな胆力と智謀、そして、困難な状況も挑んでいくお前達の勇気。ここまでたどり着いたのは紛れもなく、お前達の戦果である。ありのままに誇るが良い。……地上からの客人よ、お前達が望むのなら、好きなように褒美を与えてしんぜよう』



「だったら、僕ちんは業務用特盛カップ焼きそば一年分に、伝説的人気を誇るハイクオリティ18禁ゲーム:『泣いても叫んでも、もう遅いお留守番』シリーズの全六作!それと、グーマルplayカード五億円分と、部屋の隅っこに飾るようにぶら下がり健康器具一式、あとは、ファンヒーターに」


「しいて言うなら、俺はそのアンタが言う地上の“平和”って奴かな?……アンタは、自分が起こそうとしている企みを辞めてくれるつもりがあるのかい?」


 そんなジャックの発言に対して、半ば予想していたかのように――無機質ながらも、僅かに落胆の色をにじませながらトロッコが答える。


『……紀夫の分も含めて、その願いだけは叶えてやることは出来ないな、ジャックよ。――お前が察している通り、私が引き起こそうとしているのは、地上に生きる者達への“天罰”以外に他ならないからだ……!!』


「そうか……やはり雲の上の存在であるトロッコ殿からしても、昨今の行き過ぎた規制法案や狂ったお気持ちクレーマー達の暴虐は見過ごせないものがあったのか~……平和を願う者として、何とか食い止めたいところだが、しがないエロ漫画家に過ぎない僕ちんとしては、これ以上圧倒的なトロッコ殿を前に出来る事はなさそうなんだな~……!!」


 トロッコが話を続ける。


『私は本来、人々が抱く“見果てぬ空への憧憬”といった想いの力が集積して発生した存在である。――自身に起きたあまりにも理不尽な出来事に対する怒り、今は会えなくなった者の魂がどこかで救われて欲しいという祈り。……そして、未知へと挑戦していこうとする気高き意思。私はそういった人間達の天にまで至る想いを糧にしながら、永き時を生きてきた……』


 個人では抱えきれない想いの数々を受け止めるための器として、人々の膨大な感情の蓄積から“発生”した存在:トロッコ。


 そんな超自然の化身でありながら、あくまで人々に寄り添おうとしていたはずのトロッコに対して、ジャックが疑問を投げかける。


「だったら、そんなアンタが一体どういう理由で地上への怒りを向けるようになったんだ?人間の身勝手な感情を受け止めきれなくなったからの報復、ってのが、アンタが異変を起こそうとしている原因なのか?」


 なるほど、動機としては、確かにこれ以上とないくらいに自然なものかもしれない。


 だが、トロッコからの返答は意外なものであった。


「いいや。むしろそうだったら、どれほど良かった事か。……例えどのような理由であろうと、強き感情とともに空を睨むだけの気概があるのならば、私が人間という存在に絶望する事もないはずだった」


 そこで一区切りつけてから、トロッコはここに来て明確な怒りを込めて自身の想いを眼下の二人へと告げる。


『“現代社会”に心囚われた地上の人間達は、いつの頃からか空を見上げなくなっていた。……現代人には空の情景に想いを馳せる余裕はなく、いつも何かに急かされたように自身のスマホを覗き込んだり、知人を相手に浮世の不満を垂れ流すのみ。……例えどれほど見事な入道雲が晴天の青空に浮かび上がっていても、くたびれた表情で俯きながら歩くサラリーマンや雑談に夢中になっている主婦達、ソシャゲに夢中な子供達が、そんな光景に気づいて何かを感じ取ることなどありはしないのだ……!!』


 それは、人為らざる身でありながらも、トロッコという存在が感じた紛れもない本物の激情。


 それに呼応するかのように、トロッコの周りを漂っていた四つの車輪が、これまで以上に激しく回転し始め、怒涛の雷撃を手当たり次第に周囲にまき散らしていく。


『ゆえに、我が雷鳴轟く天の裁きを用いて地上の人間達が築き上げた“現代社会”というくだらぬ代物を悉く破壊し尽くし!下を俯くのみであった彼らに、天を睨む気概と苦難からすら立ち上がることが出来るだけの原初の意思を思い起こさせるのだ!!……我が崇高なる意思の運び、誰にも邪魔はさせぬッ!!』


 その叫びとほぼ同時に、雷鳴がけたたましく周囲へと鳴り響いていく――!!

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