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二頭の馬が引く馬車に揺られながら、ヒンギルとアルナイの二人は港町から目的であるヴェール学園へ向けて出発した。
道中の道路は綺麗に舗装されており、自国で利用した時に感じていた激しい揺れや、それに伴う身体への負担も少なく快適に過ごしていた。
「ヒンギルさん、今日一日は馬車で移動ですか?」
「そうだ、嬢ちゃんが食い倒れてなければ走って移動した方が早いんだがな?」
「すみません、反省してます」
「耳ならぬ腹が痛い話だったか?まぁどのみち後数時間で日が暮れ始める頃だからな、今日は船旅の疲れを取る為にもゆっくりでいいだろ」
「分かりました、ありがとうございます」
「明日はしっかり走ってもらうからな?」
「はい」
それから数時間後、日が暮れ夜が訪れるつかの間の薄暗い青空に包まれながら二人は今日泊まる予定の宿屋にに到着した。
この宿は町や首都間を繋ぐ道沿いに拠点を構えるその宿屋は、アルナイル達のように帝国内を移動する者達の中継地点の様な役割を担っており、馬小屋や酒場は勿論、宿泊施設も一般の宿屋に比べて規模が大きく立派だった。
荷物を降ろし終えた後、ヒンギルが馬車の御者にお礼を言った。
「今日は助かった。これから港に帰るのも何かと大変だろう?馬小屋の代金も含め、俺が全額払っとくからお前さんも今日は宿に泊まるといい」
「こちらこそ、ご利用頂きありがとうございます。それでは、本日はお客様のお言葉に甘えまして宿を利用させて頂きます」
その後、御者が馬も休ませると馬小屋の方に向かっていった。
二人は宿に入り部屋を取った後、食事を軽くすませ明日について軽く話す事にした。
「この宿から目的地の首都までの間には、此処と同じ中継地点を兼ねた宿屋が後三か所ある。宿から宿の距離は大体四~五十キロって所だ。まぁ俺達なら三時間もあれば着くだろう」
「そうですね、調子が良ければ二時間程で行けると思います」
「明日中には首都に一番近い宿屋に到着しておきたい」
「わかりました」
「じゃあ明日の日の出に出発するって事でいいか?」
「問題ありません」
「今日はゆっくり休むといい、俺も部屋に帰って寝る。」
「はい。ヒンギルさん、良い夢を」
ヒンギルが自分の部屋に帰るのを見送った後、アルナイルも今日は早めに寝ようと部屋に向かった。
ヒンギルの部屋とは少し離れた自分の部屋に向かう途中、アルナイルは自分と同じ宿泊客と思わしき若い女性とすれ違った。
「えっ!?」
最初は何とも思わなかったアルナイルだったが、すれ違いざまに女性が手に持っていた物を見て思わず声が出てしまった。
急に声を上げたアルナイルに少し驚いた様子の女性に、アルナイルは謝罪しつつ質問した。
「驚かせてしまいすみません。ところで貴方が手に持っている物って、もしかして・・・」
「え?あっ、これの事ですか?えーと、入浴用の身体拭きですけど・・・」
「やっぱり!この宿には入浴できる場所があるんですか?」
「受付の人に言えば案内して貰えますよ。今の時間ならまだ利用出来ると思います」
「そうですか、教えていただきありがとうございます。急にお声がけしてすみません」
「いえいえ、私も学園に帰るまで身体を洗えないと思っていたので、お気持ちは理解できますよ」
「え!?」
アルナイル、本日二度目の驚愕の声である。
「学園って、もしかしてヴェール学園の事ですか?」
「はい、一昨年からヴェール学園に通っています。こう見えて私はヴェール学園の生徒なんです!」
腰に手を添えつつ、自信に満ちた表情でそう言い放った若い女性。
これから自身が向かう予定のヴェール学園の生徒に、偶然にも入学前に出会い驚くアルナイル。
それから軽く会話も弾み、もう少しだけ話を続けたい気持ちが生まれたが、彼女は入浴帰りで部屋に戻る途中であったろうし、自分も入浴したいし明日は早いので早めに部屋で休みたい。
そう考え、今日のところは彼女との会話は切り上げる事にした。
「お時間を取らせてすみません。私も今から入浴できるか受付の人に聞いてみる事にします」
「わかりました、それでは良い夢を」
「良い夢を」
分かれ際、別に特に隠す事では無いと思い彼女伝えてみる事にした。
「そういえば言い忘れてたんですど」
「はい?」
「私の目的地ってヴェール学園なんですよ」
「へ?」
「今期から入学する事になりましたので、学園ではよろしくお願いしますね。それでは良い夢を」
「えー!?」
本日三度目の驚愕の声はそれまでよりも響き渡るものだった。
それからアルナイルは受付の人にまだ入浴できるか尋ねた。
「はい、利用できますよ。湯の方はお客様の方でご用意出来ますか?もしくは料金をお支払い頂ければ、此方の方でご用意いたしますがいかがします?」
「そうですね・・・あ、焼き石用の石ってありますか?」
「はい、御座います。お客様、火属性の魔法をお使いになられますか?それでしたら、焼き石の使用自体は無料ですのでご自身でご用意なされますか?」
「それでお願いします」
そうして一度部屋に戻り準備をした後、受付の人に入浴室に案内して貰った。
脱衣所で服を脱ぎ中に入ると、石造りの入浴室は思いのほか広く、本来なら複数人で使用するのだろうが今は他に利用者はいない。
浴槽には水が張られ、手前の壁にはそこそこ深い窪みがあった。覗いてみると予想通り焼き石が積まれていた。
アルナイルは窪みに向かい手をかざして、魔法で火を放った。
いい感じに石が焼けた頃会いをみて魔法を止め、壁に立てかけてあった二本の木の棒を使い石を浴槽に入れた。
腕を入れ温度を確認しながら調整し、いい湯加減になった所で焼き石を取り出し。
「ふぅ~~」
一週間ぶりの入浴は言葉では言い表せる筈も無く。
「はぁ~~~」
濡らしたタオルで拭くだけでは取れなかった身体の疲れが、全身から抜けていく。今は任務の事も忘れてその心地よさに身を任せる事こそが、何よりも優先すべき事であると、アルナイルは貸し切り状態の入浴室をゆっくりと堪能した。
言わずもがなその日はベットに横になった瞬間に爆睡し、ヒンギルとの約束の時間に遅れそうになったのはご愛嬌だ。




