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話し合いが終わった後、アルナイルは家に変えって遅めの昼食を取る事に決めた。
途中で明日の朝食分までの食材を買い出し、アルナイルは家に帰った。
玄関の扉を開け食材をテーブルに広げていると、恐らく仕事をしていたであろうベナトが書斎から顔を出してきた。
「おや?アル、今日は随分と早い帰りだねぇ」
「今日は朝からギルド長に呼ばれて依頼を受けれなかったんです」
「ファンがアルをかい?何かあったのかい?」
「それについて今日は話があるんです」
「話って何だい?」
「その前にまだ昼食を食べていないので先にすましておきたいんですけど、ベナトばあちゃんはもう食べましたか?」
「ずっと書斎にこもってたからねぇ」
「それならベナトばあちゃんの分も私が作りますね」
アルナイルは慣れた手付きで調理を始め、二人は出来上がった料理をテーブルで向かい合って座りながら食事を始めた。
「それで?話ってのは何だい?」
「はい、実は・・・」
アルナイルは傭兵ギルドでダン、ヒンギル、ファンの三人と話し合った内容を説明した。
「アルが帝国にねぇ・・」
アルナイルから話を聞いたベナトはそう呟いた後、暫く黙ったまま食事を続けていた。
そんなベナトの様子を伺いながらアルナイルもも食事を続ける。
それから数分後、先に口を開いたのはベナトの方からだった。
「昔からアルは変わらないねぇ」
ベナトはアルナイルを見ながら懐かしむ様にそう言った。
「何がですか?」
「ある日唐突に大事な話をす所さね」
「そうですかね?」
「そうさ、しかも大抵の話は既にアルの中では結論付いている。魔法を習いたいと言ってきた時も、私がもし断ったとしてもアルは私以外の魔法の師を探そうとした筈だろう、違うかい?」
「そうですね」
「働いている店を辞めて傭兵になりたいと言った時も、私が止めても結局アルは無理やりにでも傭兵になってただろうしねぇ」
「そういえばあの時は言わなかったんですけど、実はその話をベナトばあちゃんに話した時、お店の人には傭兵になるのでお店を辞めると伝えた後だったんですよね」
「それは初耳だねぇ」
ベナトは食事の手は止めずに話を続ける。
「人生の分岐点になるであろう大きな選択肢であればある程、アルはその選択を自分自身で決断してソレを変えたりはしない。アルは案外頑固な部分もあるからねぇ」
否定も出来ずにアルナイルは黙って返事を返すしかなかった。
「今回の帝国に行くって話も、私がいくら止めても無駄だろう?私に話をしている時点で、もう既にアルの中では決定事項なんだろうしねぇ」
「・・・ベナトばあちゃんは私が帝国に行く事に反対ですか?
アルナイルは薄々感じていた事を聞いた。
「そうだねぇ・・・」
ベナトは食事の手を止め少し考えるそぶりを見せた後、ゆっくりと口を開いた。
「私が傭兵になる為に家を出たのは十六の時でねぇ」
「そうなんですか?私よりも随分と早かったんですね」
「その時に母と大喧嘩したんだよ。母はもうこれでもかっていう程に猛反対でね、かれこれ三十分位激しく言い合いをしていた時、私が言った一言で母は私に言い返すのを辞めた」
「なんて言ったんですか?」
「私の人生は私のだって言ったのさ。正直、これを母に言えばそうなる事は分かっていたからね、ずるい一言を言ったのさ」
「どうしてですか?」
「母の母親、ようするに私の祖母は貴族の家で生まれ育った人でね。その子供でもある私の母も貴族として生まれた。そして母は当時暮らしていた屋敷の使用人の男と恋に落ちた、その男こそ私の父だ。だが貴族の母と使用人の父、当然ながら許される筈もない。だが祖母はそんな母と父の恋路を応援したんだ」
「どうしたんですか?」
「祖母は母を家から追放する事にしたんだ。貴族としての身分も権限も名前も剝奪してねぇ」
「えっ!」
なんとも思い切った決断だなとアルナイルは驚いた。
「屋敷の人間とは相当に揉めたらしいけどねぇ。そうして母は晴れて父と結ばれ、私を産んだ。屋敷から随分と離れた場所で生活していたけど、祖母は年に数回会いに来てくれた。生活に不自由しない分のお金を、こっそりと父に渡していたのは母も私も知っていた。母が祖母に感謝の言葉を伝える度に祖母はこう返していた、私の人生の分まで自由に生きて欲しい、とね。貴族として生まれ育った祖母の、母親としての心からの願いだったんだろうねぇ」
そこまで話すとベナトは食事を再開し始めた。アルナイルは先程から話を聞きながら食べていたので既に完食していた。一度席を離れて空になったお皿を洗って片付ける。
テーブルに戻るとベナトも食事を終えていたので、立っているついでにそのお皿も片付けた。
再びテーブルに戻り二人は話を再開した。
先に口を開いたのはやはりベナトの方だった。
「あの時の母の気持ちを今やっと初めて理解出来た気がするよ。母親としては子供には危険な場所に身を置いて欲しくないし、可能であるならずっと一緒に居てほしいってね」
「ベナトばあちゃん・・・」
「だけど私も、自分の意志で傭兵になった身だからねぇ・・・アルが帝国に行くと自分で決めたんなら、私はそれを止めようとは思わないけれど・・・全く親御心ってのは難儀なもんだねぇ」
ベナトの心境を聞いたアルナイルは、自身の母親の事を思い出していた。もう十年以上前の記憶であるが、母親から注がれてきた愛情は心の奥底でしっかりと記憶している。
今はベナトが母の代わりに注いでくれている。
代わりと言っては聞こえは悪いが、アルナイルはベナトを二人目の母として親愛を寄せている為そこに差は生まれない。
(もしお母さんが生きていたら何て言ったのかな・・・?)
そう思うもやはり、とアルナイルはベナトに自身の思いを告げた。
「ベナトばあちゃん、私は帝国に行きます」
「・・・帝国に言っている間に、もし私が死んでも後悔はするんじゃないよ。私は両親の死に目に立ち会えなかったけれど、それは傭兵として元々覚悟していたよ」
「魔物討伐の依頼で死に掛けた時にその覚悟は出来ています」
「私もあの時は流石に覚悟を決めた覚えがあるねぇ」
当時を思い出しながらベナトはアルナイルを見る。
背は既に自分を超えすっかり大人びている。
贔屓目に見ても美人の部類に入るであろうその顔も、ベナトからして見ればアルナイルを拾った当時の面影が残る幼いモノだ。
そんなアルナイルが自分の手を離れて遠くに行ってしまう。
当初は教会に預けようとなんて考えていたとは思えない感情に、ベナトは可笑しくなってフフッと声が漏れてしまう。
だが別れというのは、何時か必ず訪れるものだ。
今生の別れになるかと言われれば、そんなの誰も知る由もないだろう。
「アル」
「はい」
「体調には気を付けるんだよ」
旅立つ我が子に対し、昔から使い古された言葉を送る。
だが親の立場としては、自然と口から出てくる心のこもった言葉なのであった。




