第5話 暴走娘はやはり暴走娘だった。
よろしくね☆
「初めまして。わたくしの名前はシェリー。ルインお父様とシエラお母様の娘……次女よ」
さっきまでの暴走状態はどこへ行ったのか。
お淑やかな雰囲気と、天使のような柔らかな笑顔を浮かべるシェリー様はワンピースドレスの裾を摘んでお辞儀をする。
おぉう……貴族っぽい……。
「お名前を聞かせてもらえないかしら? 可愛いエルフさん?」
ふわりと微笑まれて、私はハッとする。
ルイ君に抱っこされたまま、ペコリッと頭を下げた。
「あっ……アリエスです! よろしくお願いします!」
「まぁ、上手なご挨拶! 可愛いわぁ〜♡」
だけど、その綺麗な顔が蕩ける。
だらしないレベルで蕩けてる。
「ぐへへへへっ……」って超残念な声漏らしてるし……涎出そうな顔して……。
「シェリー、涎」
「ハッ!? ヤバかったわ!」
ルイ君に注意されて、シェリー様は慌てて口元を拭う。
あぁ、うん。分かったよ。
この人、超残念な感じの人だね?
私のジト目が効いたのか、シェリー様は「ごほんっ」と咳払いをする。
そして、ワザとらしく話を変えた。
「……は、話が逸れちゃったわね。そうそう。叔父様にヘルプしてもらおうと思ってきたのよ」
「…………まさか……また挑戦者達と会えってこと?」
「そうよ?」
「はぁ? 嫌だよ。最悪、戦うことになるじゃん。誰が行くかよ」
ルイ君は呆れた顔で溜息を零す。
…………というか……戦うの? ルイ君が?
「た、戦うとか……だいじょーぶなの……? シェリーさまは……ルイ君になにさせようとしてるの……?」
思わず心配になってルイ君に聞くと、彼は驚いて目を見開く。
そして……ちょっと困ったように苦笑した。
「えーっと……エクリュ侯爵家ってちょっと特殊で。分かりやすく言えば、王侯貴族が漏れなくこの家と繋がりを持ちたいと思う程度には有名な家なんだ。主に兄様が原因ね?」
……まぁ……精霊王の息子だって言ってたもんね。
「兄様達は貴族でありながら恋愛結婚だから、シェリーも好きな人と結婚すれば良いってスタンスなんだけど……まだ婚約者がいないエクリュ侯爵家の令嬢と婚約したい奴らが沢山いるんだ」
「へぇ……」
確かにシェリー様は可愛いもんね。
…………いや……家の繋がりが欲しい感じかな……?
「でも、いかんせん。シェリーの理想の旦那様の基準は兄様だ」
…………あれ? なんか話の流れが……?
「優しくて、妻だけを溺愛する愛妻家。仕事もできるし、ドラゴンすら瞬殺できるような……世界すらも滅ぼせるほどの力もある。精霊術だって飛び抜けて使えるし……とんでもない美貌を持ってる。つまり、シェリーの理想はとんでもなく高い」
………いやいやいや、ちょっと待って!?
今、なんか変な言葉が出たよ!?
世界を滅ぼせるっ!?
ルイン様って世界すら滅ぼせるレベルで強いのっ!?
そんな旦那様を見つけようとしてるの、シェリー様はっ!?
「だから……自分の理想の旦那様に会うために、自分に婚約を求めてきてる奴らに最低でも、兄様より弱いボクに勝てなきゃ駄目だって言ってるらしい。おかげでボクが選定者みたいになっちゃってるんだよ……」
え……えっ……えぇぇぇ……。
何その傍迷惑な感じ……。
つまり、シェリー様の婚約者決めに、ルイ君は巻き込まれてるってこと?
「そうなんだよ。本当に迷惑だよね」
「迷惑なんて失礼な! 姪っ子を助ける程度じゃない!」
「はぁ? 本人の許可も取らずに勝手にボクに勝たなきゃ婚約しないって言ったことが、迷惑じゃないって? 毎日毎日、仕事以外の時間にシェリーと婚約したい人達が決闘だらあーだこーだ言って、ボクの休んでる時間すら削ってくんだよ? それで迷惑じゃないって思ってんの? 頭、大丈夫?」
ルイ君は背筋すらも凍りそうな冷たい視線でシェリー様を睨む。
うわぁ……。
姪っ子……というか、人に向ける視線じゃないよ……。
「だ、だって……! お父様は無理でも、ルイ叔父様ぐらい強くないと、わたくしを愛して守ってくれないでしょうっ!?」
「だから、ボクらを基準にしたらダメだって毎回言ってるだろ」
「うぐっ……!」
シェリー様は悔しそうに顔を歪める。
……えっと……なんとなくシェリー様の気持ちも分かるよ。
自分だけの理想の王子様を見つけたいって感じなんだろうね。
でも、それにルイ君を巻き込むのは別の話だよね?
「シェリーさま」
「な、なぁに? アリエスちゃん」
シェリー様は私に声をかけられたのが嬉しいのか優しい笑顔を浮かべる。
だけど、ごめんなさい。
これからドスッと心を刺します。
「理想のだんなさまを探すのはいいと思います。でも、人をまきこむのはダメです。それこそちゃんと相手のきょかを取って、助けてくれる、きょーりょくしてくれるっていうなら話は別ですけど……でも、勝手にまきこむのはダメです。サイテーです」
「うぐっ!」
「ついでに言いますけど……ニンゲン、だきょーがひつようです。ドラゴン? 世界をほろぼせるレベル? がどれくらい強いかは分かりませんけど……そんなつよい人、そーそーいないと思います。理想だけをみてたら、いきおくれますよ」
「ぐはっ!?」
私の言葉にシェリー様は胸を押さえて、その場にパタリと膝をつく。
…………小さな声で「幼女に正論言われた……」って呟いてたのは聞かなかったことにしてあげるよ、少し腹立ったけど。
「というか。シェリーさまの言い方からして……最低でもシェリーさまより強い程度でいいんじゃないんですか? 世界をほろぼせるレベルの強さより、自分だけを守ってくれるような強さがあればじゅーぶんじゃ?」
「…………あっ」
…………えっ。
シェリー様は目からウロコと言わんばかりの顔になる。
……まさか……。
「い、言われてみれば……わたくしが強い人がいいって思ったのは、わたくしだけを守って欲しいと思ったからなのよね……。お父様はお母様だけを守ってるけど、ついでに他も救われちゃってるだけだし」
「「…………」」
「そ、そうよ〜っ! わたくしが探してるのは自分だけを愛して守ってくれる理想の旦那様だもの! 世界を滅ぼせるレベルの強さはいらないわよね! ヤダ、わたくしったら! そんなことにも気づかないなんてっ!」
「「………………………………」」
「そうと決まれば……ルイ叔父様じゃなくて……わたくしと戦ってみてもらって勝った人でいいわよねっ……! アリエスちゃん、気づかせてくれてありがとうっ! うふふっ、大好きよっ♡」
シェリー様は勢いよく立ち上がると、私に投げキッスをして部屋から飛び出して行く。
取り残された私達は互いに顔を見合わせて……互いに死んだ魚のような目をしながら、頷き合った。
「な? 歩く問題源、暴走娘って言葉間違いじゃなかっただろう?」
「ついでに、はためーわくなまきこみ体質ってのもつけ加えたほーがいいと思います。ガチで」
「それな。俺の今までの苦労はなんだったんだろう……………はぁ……」
ルイ君の溜息はそれはもう……とてもとても疲労感に満ちておりました。
…………………お疲れ様です……。
後日ーー。
無事にシェリー様の婚約者が決まったことで、ルイ君は「本当、今までの苦労はなんだったんだ……」と再度呟きました。