第64話 難しい話は食欲に勝てぬのです。
あーつーいー!
夏バテ、熱中症にも気をつけて過ごしてね!
では、よろしくね〜(`・∀・´)
入学式から約三週間ーー。
そんな変な時期に、編入生がやってきた。
「今日から新しい同級生が増えます。では、入ってきて下さい」
眼鏡先生(トミー先生って名前があるけど、分厚い眼鏡をしてるんで眼鏡先生って呼ばれてる)に促されて教室に入ってきたのは……これまたすっっごい二人組。
おれらと同い年くらいの……何故か物理的に光ってる女と、学校に通うような歳じゃねぇだろって感じの男だった。
「では、自己紹介をお願いします」
「はい。初めまして、私はアリエスです。頭に乗ってるのはひよこ。どうぞよろしくお願いします」
『ぴよっ!』
「………ルイだよ。よろしくね」
「皆さん、拍手」
クラスメイト達がギャーギャー騒ぎながら、拍手する。
確かに二人とも、平民とは思えないぐらい顔が良いもんな。そりゃこんな風になるか。
まぁ、アリエスって子の方はなんでか光ってっけど……いや、え? なんで光ってるんだ? え? というか、なんで……ひよこ!?!?
しれっと流しかけたけど、普通にあり得ない事態におれは首を傾げる。人間って発光する生き物だったっけ……?
あ、でも耳がとんがって……えっ!? もしかしなくても、エルフか!?
エルフなら発光するのも、ひよこを頭に乗せるのも普通(……?)なのかもしれない……?
……。
…………。
そういうエルフもいるんだな、初めて知ったわ。
でも……そうか……エルフか……。なんか、タイミング良すぎて逆に怖くなってきたわ。
まぁ、それでも見逃すつもりはないけど。
「では、お二人は後ろの空いている席に座って下さい」
「「はい」」
眼鏡先生にそう指示されたアリエス達は、机の間を通って後ろに来る。つまりは、おれの真後ろ。
…………ふはっ、運が良いぜ。
席に着いたタイミングを見計らって、おれは後ろを振り向く。
そしてーー。
「よう、おれはガット。仲良くしてくれよ」
おれは、他の奴らよりも一足早く……動き出した。
*****
学校は人生の縮図ーーそんな言葉を聞いたことはあったけれど。
はっきり言おう。
まさか、本当だとは思わないよね。
「おい、お前ら! オレ様の派閥に入れ!」
「何を仰っているの? 彼らはわたくしの派閥に入るのです。野良犬はとっとと失せなさい」
「なんだとぉ! 貴族だからって調子に乗るなよ、ニュイ!」
「お前にわたくしの名を呼ぶ許しは与えていませんわよ、ドット! わたくしの名が汚れてしまうわ!」
昼休み早々ーー私達の席の目の前で始まった……暗褐色の髪のヤンチャっぽそうな男の子と、ゴージャスな青髪女の子の言い争い。
多分、目の前にいる二人(with取り巻き達)は他のクラスの人達だと思う。だって、同じ教室にはいなかったし。
ルイ君と二人、〝え……? どうすればいいの……?〟と困惑していると、横から小声で呼ばれる。
チラリッとそちらを見れば、申し訳なさそうな顔で廊下に繋がる扉を指差すガットの姿。
私達は気配を殺して彼の後を追うと……静かにその場を離脱した。
「ふぃ〜……初日から大変だなぁ、面倒くせぇのに巻き込まれて」
ガットは暗褐色の髪をガシガシと掻きながら、「食堂に行こうぜ」と先を歩く。
私と顔を見合わせたルイ君は……いつものように私を片手で抱き上げつつ、ガットに声をかけた。
「もしかしなくても……さっきの子、身内?」
「………あはは〜……やっぱこの髪色で分かっちまうわなぁ。まぁ、そう。さっきの男ーードットっておれの二歳上の兄ちゃんなんだわ。ぶっちゃけ、身内だとは思いたくねぇ今日この頃だけどな」
ガットは大きな溜息を吐きながら、チラリッとこちらを見てーー思わずといった様子で二度見してくる。
その顔には、〝え? なんで抱っこしてんの?〟と大きく書いてある。
………まぁ、ね。この歳になって抱っこされてるとか、驚くだろうけれど。私達はこれがデフォルトなので、慣れてもらうしかないのです。はい。
「君、苦労してんだね」
ガットの視線に気づいているはずなのに、ルイ君は敢えて何も言わずに話を続ける。
聡いらしい彼は、私達が〝こういう感じ〟なのだと早々に理解したらしく……直ぐに冷静さを取り戻して、「まぁな」と苦笑を零した。
「ここが食堂な〜」
そんな風に話している間に、食堂に辿り着く。
食堂は広々としていて……手前には料理が置かれたテーブル、奥側には大人数が座れる長テーブルが並んでいる。
ホテルのバイキングみたいな感じらしく、台の上に乗っかった料理を食べれる分だけお皿に乗せてくシステムらしい。
ガットは慣れた様子でプレートとお皿を手に取る。
そこで私達のことに気づいたのか、親切に利用方法を教えようとしてくれた。
「あ、二人は食堂の使い方は分かーー」
「嬢ちゃんの料理はこっちだぞい」
「へ?」
「「あっ」」
でも、遮るようにしてかけられた声に、ガットは目を瞬かせる。
いや、ね……? 私の食事消費量は今だに凄いモノでして……。多分、召喚術にエネルギー持ってかれてるって話なんだけど……。
まぁ、とにかく。下手したら、学校中の食事を一人で食べ切ってしまうし。他の料理人さん達を私の付きっきりにさせる訳にはいかないので。
こんなところまで来てもらっていたのでした……私の専属料理人デイブお爺ちゃんに。
私はルイ君に頼んでお爺ちゃんの側に寄ってもらう。キッチンに繋がるカウンターに肘をついていたお爺ちゃんは「ん? どうした?」と不思議そうに首を傾げた。
「ごめんね、お爺ちゃん」
「んん?」
「学校まで来させて」
「……ガハハハッ! 何を言っとるかのぅ、嬢ちゃんは! ワシも楽しんどるんじゃから、気にするんじゃないわい!」
お爺ちゃんはゲラゲラと笑って、私の頭をグリグリと撫でる。
いつもだったらルイ君が「触らないで」って絶対零度のような態度で相手を威圧するんだけど、お爺ちゃんに他意がないのと……祖父孫的な触れ合いだからか、ルイ君は穏やかに見守ってくれている。
…………置いてけぼりなガットはいつの間にか昼食をお皿に乗せている。……なんていうか柔軟性が高過ぎて、一種の感動すら覚えたわ。多分、ガットは大物になるね。
「アリエス、そっちは駄目」
「うみゅ」
ーーぐいっ。
だけど、そんなことを考えていたら、頬を掴まれてルイ君の方を向かされた。
「爺様は爺様だからいいけど、他の男に意識を割かれちゃ駄目だよ? アリエスに意識されてるなんて……殺したくなっちゃうだろ?」
至近距離で見つめられるハイライトの消えた瞳。抑揚のない声。消え去った表情。
傷つけないように。けれど、力の込められた指先に……思わずうっとりとしてしまう。
あぁ……もう、ルイ君ったら……こんな可愛いことをして!
「………うふふっ〜……可愛いねぇ、ルイ君……」
思わず本音が漏れると、ルイ君の顔が少し険しくなる。
「…………は? 可愛いのはアリエスだろ?」
「残念。嫉妬してるルイ君の方が可愛いの」
「…………」
ーーむぎゅ。
可愛いと言われるのが不服なのか、ルイ君は眉間に皺を寄せた。
もう! 本当に可愛い! でも、これ以上言うと本格的に拗ねちゃうから……私は彼の頬にキスをして、にっこりと笑った。
「私にはルイ君だけだよ?」
「…………知ってる」
「他の男のこと考えて、ごめんね?」
「………許す。ボクも心が狭くてごめんね? まぁ、改める気はないけど」
「えへへ〜♡それだけ好きってことだから嬉しいよ」
「うん」
そうやってイチャイチャしてると、呆れ顔のお爺ちゃんが「おーい、早くせんと昼飯の時間がなくなるぞ〜」と声をかけてくる。
それで我に返った私達は、デイブお爺ちゃんからミートボールスパゲッティが入った寸胴鍋二つを乗せた台車を受け取り……いつの間にか席について、先にお昼を食べていたガットの元へと向かった。
「あ、終わった?」
パンを齧っていたガットは、向かいの側に座った私達を見る。持ってきた寸胴鍋に若干顔がが引き攣っていたけれど……やっぱり〝こういうもん〟だと理解したのか、それを無視して話し出した。
「なーんかアンタら、本当に規格外って感じするな。物理的に光ってるし、ひよこ乗ってるし、ルイさんは完全に大人だし? さっきの料理人は……見たことない人だよな? もしかしなくても連れて来たの?」
ルイ君はミートボールスパゲッティをお皿によそりながら、「そうだよ」と頷く。
お皿を受け取った私は「ありがとう」と返して、早速食べることにした。後のお話は任せました。
「精霊術を使うとお腹が鳴るだろう? アリエスは特に燃費が悪くて……普通に食べると他の人の食べる分がなくなるから、家から食材持参してるんだよ」
私の場合は固有能力が原因だけど……それを教える訳にはいかない。
だから、精霊力が少ない人が精霊術を使うとお腹が減るって説明を表向きにすることになっていた。これ、本当のことらしいしね。
「ついでに言うと……アリエスの分の料理を作ると他の人の分の作る時間がなくなっちゃうから、あの料理人にも来てもらったって訳だよ」
「成る程〜……ってことはやっぱり、お二人さん貴族だったか」
「「?」」
首を傾げると……ガットは苦笑しながら、私達をーー正確には着ている服を指差した。
「まず服が綺麗。平民がんな上等なモン着れないわな。で、食材・料理人持ち込みとか……金持ちじゃなきゃ出来んだろ。そもそも、街で暮らしてるエルフは大体、王宮精霊術師団の関係者だろ? アリエスさんはエルフっぽいから、親が精霊術師団の人なんだろうなぁとか……二人とも付き合い長そうだから、ルイさんも似たような身分なのかなぁって。まぁ、そういうの色々込みでお二人は貴族かなっと思った訳。…………えっと。口調、丁寧にした方がいい?」
ここまでツラツラと喋っていたのに急に不安げになるガット。
まぁ、確かに……貴族相手にタメ口とか、下手したら不敬罪にされてもおかしくないもんね。
でも、私達の身分は一応平民だし。ここは平民学校で、ガットと同じ生徒だ。
ルイ君も同じことを思ったのか、クスクスと笑いながら頬杖をついた。あっ、その仕草、かっこいい!
「まぁ、ボクらは貴族に縁があるけど……身分は一応、平民だから、楽な話し方をしてくれて構わないよ。まぁ、他の貴族はそうはいかないだろうから気をつけた方がいいけど」
「あ、うん。それはウチの学校に通ってる貴族相手に嫌ってほど理解してる」
「そう。君、子供なのに頭がいいね? それとも身の振り方が上手いと言うべきなのかな?」
「……………えっ?」
「だって君、教室からボクらを連れ出したの……ボクらが貴族だと想定してたからでしょ? で? やっと派閥の話でもしてくれるのかな?」
ーーピシリッ。
ガットの顔が固まって、ルイ君は笑みを深くする。
はぅ……そういう腹黒そうな笑みもかっこいいよ、ルイ君!
「安心していいよ。今、周りに声が漏れないような精霊術を展開してるから。さぁ、色々と聞かせてよ? ガット君」
「……………うひぃ……なんかコワイ……」
いや、怖いんじゃなくて……こういうのは(ちょっと)腹黒って言うのよ。まぁ、ルイ君がかっこいいのには変わりない。
と、心の中で思う私でしたが……生憎とわんこスパゲッティ状態(※実は話しながら、ルイ君が配膳係してくれていた)だったので、実際には口に出せなかったのでした。
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