第53話 説教は、報告が遅れたことに対してです。
物理的な強さは弟の方が上でも、兄は強いのでした。
その後ーー表向きには、ひよこがセルをぶっ叩いたのは、彼に憑いてた幽霊(精霊がいる世界だから、幽霊の所為にしても大丈夫らしい)を追っ払うためということになった。
そして……セリナ&セル両親にだけ、ルイン様から傀儡化をされていたという話をすることになった。
なんで表向きな理由が必要かって?
まず第一に実害が出る前に片付けられたということ。
第二が、傀儡化されるのはセルの意志と関係ないから。
第三は、下手に騒ぎを大きくして《邪神兵団》にこちらの状況を悟らせないため。
ネロさんという身近な人が狙われた件から、相手は簡単にこちら側に手を出せることが分かった。逆を返せば、いつどこから向こうに情報が漏れるか分からないということでもある。
だから、本件は大事にしない方針で決まったのだった。
でも、一応ご両親には話しておくことになった。一応、それは……ね。
でも、なんでセリナには言わないかって?
それは、またセリナが情緒不安定になって、「弟の所為で申し訳ございません……!」って泣き崩れるのが目に見えていたからです。
という訳で……ひよこの手によって、この件は上手く(?)処理されたのだった。
※なお、メイサは後日、ひよこ診断を受けるそうです。
とまぁ……そんな感じで。
《セル傀儡化事件(未遂)》の処理が終わった頃ーーエクリュ侯爵家を訪れた人々がいたのでした。
「こんばんは。三日ぶりでございます、アリエス様」
「こんばんは、アリエス様」
優雅なカーテシーを披露してくれたのは、オリーブ色の装飾を纏った、貴族らしい洋装をしたサイラス様と碧色のドレスを身に纏ったネロさんだった。
うわぁ……美男美女〜。互いに互いの瞳の色を纏ってる感じが更に、ナイスカップルって感じがするね、うん。
「…………って。なんで二人が?」
ルイ君は現れた二人に不思議そうな顔をしている。
どうやら彼もネロさん達の訪問を聞かされていなかったらしい。
すると、ルイン様がその疑問に応えるように、にっこりと微笑んだ。
「三日前ーーアリエスがネロの治療をした時から御礼をしたいと言われててんだけどね? ほら……二人は喧嘩してたからさ」
「「………あぁ……」」
それに納得する私達。
確かに、ネロさんの治療後直ぐに喧嘩しましたもんね。
「でも、今日で二人の喧嘩も終わったから。急だったけど、お礼に来ればって精霊術で伝えておいたんだよ。面倒事は速めに終わらせるに限る、だからね」
二人のお礼を面倒事だと言ってしまえるルイン様、つぉいです。シエラ様も思わず苦笑。でも、その笑顔、おんなじこと思ってたって隠せてねぇですね。
私とルイ君は互いに顔を見合わせて、頷き合う。
そして、ネロさん達の方へと視線を向けた。
「アリエス様。この度は、我が最愛であるネロ様をお救い頂き……ありがとうございました」
「わたくしからもお礼申し上げますわ、アリエス様。本当にありがとうございます」
「いえいえ、お気になさらずに。出来ることをしただけなので」
「ですが、ここで何も返せないのは王宮精霊術師団副団長として名折れ。わたし、サイラス・トゥーザはアリエス様の剣となり、盾となることをここに誓います」
「わたくし、ネロ・ロータルも同じく。アリエス様の剣となり、盾となることを誓いますわ」
「!?」
急な宣言(?)に私は絶句する。
いや、なんか無駄に重いって! そんなことすら必要ないよ!?
というか、忠誠とか軽々しく誓っていいの!? 王宮精霊術師も軍人も、王様の配下になるんじゃないの!?
……と、心の声が途中から漏れた所為か。その疑問に答えてくれたのは、ルイン様でした。
「大丈夫、大丈夫。精霊術を介した誓約ではないから、絶対の契約ではないし。精霊王の息子である俺が許すよ」
「ルイン様!?」
「というか……同じく精霊王の息子であるルイの未来の伴侶に対してだから、全然問題ないよ。アリエスの方が国王よりも立場が上になるし。だから、オールオッケー」
「えぇぇぇ……」
あっさりとした許可に、私はなんとも言えない気持ちになる。
良いんだ……こんなんで、良いんだ……。なんて緩い……。
しかし、そんなゆる〜んとした空気は、唐突に〝ピッシャーン!〟と緊張感あるモノに変わる。
それに変えたのは、「あぁ、そうでした!」と声をあげたサイラス様だった。
「遅ればせながら……ご婚姻おめでとうございます、アリエス様。ルイ様。つきましては何かお祝いの品をお送りしたいのですが……何がよろしいですか?」
『………………えっ?』
「「あっ」」
〝ぎゅるんっ!〟と皆の視線が私達に向く。
そう言えば……そうでしたね。私達、三日前に婚姻したんでしたね。
……………新婚早々、喧嘩してたな!?!? なんてことなの!?!?
「………ちょ、ちょっと待って? え? どういうことだ?」
いつも余裕そうなルイン様が珍しく動揺を隠せていない。
シエラ様も口を手で覆って「あらまぁ」と目を丸くしている。
ネロさんも驚きを隠せてない。ギョッとした顔でサイラス様を見てる。
ルイ君は徐々に殺気立つ自身の兄を見て、ぶんぶんと顔を振る。
そして、大声で叫んだ。
「確かに婚姻はしたけどっ、手は出してない! セーフだと思うっ!」
「そこに正座っ! 言い訳を聞いてから、アウトかセーフかは判断する!」
「はいっ!」
結果ーールイン様による事情聴取という名のお説教(?)が、始まりました。
私とルイ君が婚姻した理由ーーネロさんを助けるために、私の能力による欠点ーー主人格交代ーーを阻止するために、私自身との縁を強めようとしたこと。
それで、婚姻という強い繋がりを構築したこと。
全てを見ていたサイラス様のフォローも入って、話を聞き終えた頃には……ルイン様はそれはもう険っっしい顔になっていた。
「…………あのさぁ」
「うん」
「俺、アリエスの欠点を聞いた覚えがないんだけど?」
「言ってない……かも?」
「知ってたら。サイラスとネロには悪いけど……そんな危険なこと頼まなかったんだけど?」
…………真顔の圧力ってこういうことを言うんだろうな。美形が怒ってると、めっちゃ恐いです。
というか……シエラ様も困ったような顔してるし、ネロさんと改めて詳しく聞いたサイラス様は、顔面蒼白になりつつなんとも言えない顔をしていた。特にネロさんとサイラス様がヤバい。今にもぶっ倒れそうな雰囲気を出していた。
私の所為でごめんね。(←謝罪が軽い)
『……………』
静まり返った食堂。普段であれば既に、人が集まっている時間だけれど……セバティンが手配してくれたのか、現在ここにいるのは私達だけ。
だからなのか、余計に空気が重い。
「…………はぁ」
そんな静かな中ーールイン様は、とてもとても重っ苦しい溜息を零す。
そして……。
ーーベシッ!
「痛っ」
ルイ君の頭を叩き……。
ーーペシッ!
「あ痛っ!?」
私の額にデコピンをかましてから、ジト目をしたまま口を開いた。
「……もう過ぎたことは仕方ないから、これで許すけど。なんでもっと早く話さなかったんだ。馬鹿じゃないのか、阿呆なのか。はぁ……」
「………結婚したことに、もっと怒るかと思ってた」
叩かれたところを押さえながら、ルイ君は目を丸くする。
すると、ルイン様は首を傾げながら答える。
「別に……アリエスの精神年齢は大人だろう? 肉体年齢が問題なだけであって、身体が大人になるまで手を出さないって約束出来るなら婚姻してたって良いんじゃないか? それに……アリエスを繋ぎ止めるための婚姻でも、ちゃんと気持ちが伴っているんだろう?」
「それは、勿論」
「はい」
私達が頷くと、ルイン様は優しく笑う。
その顔は……弟のことを大切に思う、兄の顔だった。
「なら、婚姻にとやかく言うつもりはないよ。こういうのは本人達の気持ちだからな。ちゃんと成人したら、婚姻届を提出しろよ」
「あ、はい……」
「分かりました……」
「よろしい」
どうやらこれで終わりらしい。
ネロさん達は〝えっ!? こんな軽く終わるの!?〟と言わんばかりの顔をしていたが、生憎とここはエクリュ侯爵家。
常識に囚われないヒトビト(?)の集まりなので、こういうモノだと思って下さい。
「じゃ……次は、婚姻報告が遅れたことへの説教な? お前はなんで毎回毎回、話すのが遅いのかな?」
ーーにっこり。
でも、どうやらお説教が次の内容へと移行しただけらしい。
というか、怒るのそこなんだぁ〜……。
「………うわぁ……デジャヴ……」
ルイ君の小さな呟きを私は拾ってしまう。
…………報告が遅れて、お説教を喰らったことがあるんですね?
「………覚悟した方が良いよ、アリエス。夫婦だから、一蓮托生……だよね?」
…………エッ!?
死んだ魚のような目をしながら笑うルイ君に、私は嫌な予感を覚える。
「そうだね。喧嘩してたとはいえ、アリエスも報告が遅れてたんだから……今回は二人に説教するか」
…………気づいた時にはもう遅い。
ルイン様のお説教コースに、私と巻き込まれることとなって……。
「では改めて……」
その後ーー。
私達、新婚夫婦は容赦なくルイン様からのお説教(三時間コース)を受けることになるのでした……。




