第46.5話 愚かな兄達と怒れる副団長
ネロ兄目線→サイラス目線で参りまーす!
どうぞ、よろしくお願いします。
妹は貴族令嬢の癖に、とんでもない酒豪だ。
生意気なぐらい酒を飲んで、生意気なぐらいに酔わない。
そのため、妹が寝酒にウィスキーをロックで飲むことを我が屋敷の者であれば誰でも知っていた。
ゆえに俺は……自分の侍女に命じて、手に入れた薬をその寝酒に仕込ませることにした。
効果が出るのは半日後ーー。
寝酒で飲んだとすれば、次の日の昼頃には効果が出ているはず。
これでアイツが苦しめば良い。
女ということを利用して権力に取り入ったアイツが後悔すれば良い。
そう思っていたのに……結果はどうだろうか?
帰宅した俺達にメイドから伝えられたのは……〝妹が貧血を起こして早退した〟という、碌でもない結末だった。
(なんだ。この程度だったのか……つまらないな)
俺は落胆の溜息を零して、隣に立った兄を見る。
兄の方も視線で〝残念だったな〟と語っていた。
この薬の件は、勿論兄も知っている。
何故なら、兄もアイツに対して並々ならぬ思いを抱いていたからだ。
特殊部隊なんて名ばかりの部隊だと思っている奴も少なくはないが……祖先が残した伝記を読んだことがある俺達は知っている。
ーーーー《ドラゴンスレイヤー》ルイン・エクリュ特務が率いる特殊部隊。
この国における最後の砦であり、最高戦力部隊でもあり、この国の切り札とも言える存在。
あの部隊に所属するということは、軍部の中で最も栄誉なことなのだ。
なのにアイツは……優秀な俺達を差し置いて、特殊部隊に配属になった。
そんなの、身体を使ってそうなるように仕組んだとしか思えないだろう?
だから、俺達はアイツを排除しようとーー。
「おや。ご帰宅ですか、義理兄方。こんばんは、お邪魔しております」
ふと聞こえた声に顔を上げると、二階に繋がる階段を降りてくるヒトリのエルフがいた。
エルフ特有の金髪碧眼。とても麗しい容姿。さらりと揺れる深緑色のローブを纏ったその男は……確か、精霊術師団の副団長である……。
「サイラス・トゥーザ、殿?」
「えぇ。お聞きになったかもしれませんが……ネロ様が貧血を起こされたので。今の今までお側にいたのです」
「態々、貴方がか?」
「いけませんか? 婚約者のためですので」
ーーにっこり。
そう告げたトゥーザ副団長は、とても穏やかな笑みを浮かべていた。
しかし、どうしてだろう。穏やかな笑顔のはずなのに……その笑みが、背筋が凍りそうな肌に不気味だった。
「…………あぁ、そういえば。固有能力者、という存在はご存じですか?」
「………? 勿論知っているが……?」
ーー固有能力者。
それは、精霊術が使えない代わりに、個人個人の特別な力が使えるという者達を示す総称だったはずだ。
かつては魔族……なんて呼ばれていたらしいが、血の交わりが進んだ現代ではそれほど多い訳ではないが、それでも知る人ぞ知る存在である。
それが一体ーー。
「固有能力者には精霊術が使えません。そして、精霊術も効かないのです。つまり……固有能力によって害が及ばされた場合、解除する術は殆ど皆無と言っても過言ではないのです」
「……だから、なんだ?」
ーーふわり……。
トゥーザ副団長の碧眼が微かに、光を帯びている気がする。
「いいえ? お気をつけ下さいと、言いたかっただけです。固有能力者によって死に至るような傷、呪い、病気を負わされた場合……ほぼ確実に死んでしまいますから。どうやら、最近は固有能力者が悪さをしているらしいので……気をつけるに越したことはないでしょう?」
「………!」
コイツッ……! もしや、俺達がしたことを分かっていても牽制をかけているのかっ……!
このタイミングで、愚妹の婚約者である副団長がそんなことを言うのだから間違いないだろう。
だが、分かるはずがない。俺達がやったという証拠はないのだから。
兄は肩を竦めながら、答える。
「……そうか。生憎と、俺達に固有能力者の知り合いはいない」
「……そう、ですか」
「だが、忠告には感謝しよう」
「いえ。愛しい婚約者の兄君方ですのね。これぐらい、当然です」
スッと目を伏せる副団長。
………ぶわりっと、冷たい風が目の前のエルフから吹き荒れたような気が……した。
「では……失礼しますね。ーーーー《よい夢を》」
颯爽と立ち去る副団長の後ろ姿を見送り、俺達は互いに顔を見合わす。
…………実際に話すのは今回が初めてだったが……予想以上に不気味な相手だったな。
……アイツの婚約者にはピッタリかもしれないが。
「…………取り敢えず、いつまでもここにいないで着替えてくるか」
「そうだな」
この時の俺達は、気づいていなかった。
この時点で既にーー俺達はあの、副団長から精霊術をかけられてしまっていたということを。
その日からーー俺達は、様々な激痛に苛まれる悪夢を見続けることになる。
*****
外に出るなり転移でトゥーザ家の屋敷(自室)に帰ったわたしは、大きく息を零しました。
「やはり……あの二人が犯人でしたか」
早退した後ーー。
ネロ様のご両親の許可を頂き、眠ってしまわれた彼女の側で兄君達が帰ってくるのを待ちました。
そして、帰ってきた気配を精霊術で察知するなりーーわたしはエントランスホールへと向かい……。
丁度帰宅したネロ様の兄君達の記憶と心を覗きました。これは、プライバシーがない……酷い精霊術ですので、あまり推奨されていない行為なのですが……今回はそんなことは言ってられません。
その結果、ネロ様の寝酒に……今回の事件を引き起こした薬を入れたことがハッキリしました。
しかし……固有能力が影響しているのか、その薬を手渡した相手の情報は手に入れることが出来ませんでした。
やはり、固有能力者相手では、精霊術師であるわたしでは敵いませんね。
犯人がはっきりしただけ良いとしましょう。
「……まぁ。兄君方には報いは受けてもらいますけどね」
別れる直前ーー。
わたしは精霊術にて呪いをかけました。
それは、ネロ様が倒れている間に味わったーー苦しみ、痛み、辛さに苛まれる悪夢を見続けるという呪い。
これで数百分の一でも、ネロ様の苦しみを思い知れば良い。
「…………ネロ様を傷つける奴は、許さない」
私の呟きは、誰にも聞かれることなくーー空気に溶けていきました。




