第42話 結婚の誓いと召喚術
若干シリアス入ります。
それでは〜よろしくどうぞっ!
アリエスの固有能力は、アリエスの沢山の前世に紐付いている。
そのため、アリエスがその前世に関係する存在を召喚したとなれば……その召喚対象に引っ張られて、他の前世の記憶が表在化しかねないというデメリットがあった。
まぁ、繰り返しになるけれど……ボクは今のアリエスが消えようとも構わないんだけど。
でも、今のアリエスがアリエスでいられるならそれに越したことはないっていうスタンスだから……ボクは今のアリエスがアリエスでいれるようにと彼女を溺愛した。
アリエスの存在が揺らいでいなければ、アリエスがアリエスであるという自我が確立していれば、そう易々と前世の記憶にその身体を乗っ取られる可能性が低くなるからだ。
でも、高位の存在なんてモノを喚ぼうとするとなれば……召喚対象の存在強度が強ければ強いほど、アリエスの前世が強く出てきてしまうだろう
。
だから、そうならないように今のアリエスの存在性を補強する。
ボクの病的なまでの愛でアリエスを縛り付けて。
ボクとアリエスの契約を以って、彼女をこの世に繋ぎ止める。
だからボクはーーアリエスに強度の高い契約を申し込んだのだった。
*****
「……………へ?」
聞き間違いでしょうか? いいえ、違います。
…………えっ!?
今っ、ルイ君、何言った!?
「なに言ってんの!?」
「だから、結婚の誓いをして欲しいって言ったの」
「けっこん……けっこんんんっ!?」
「うん」
ーーぼふりっ!
非常事態だっていうのに、そんなことを言われてしまったからか……私の顔から火が出そうになる。
いや、だってね? いきなり過ぎないかな?
こんな唐突なプロポーズ、初めてだよ!? いや、誰だってこんなプロポーズされたことないだろうけど!
いやいやいや、ちょっと待って!?
「な、なんでとーとつに!?」
「アリエスの能力を補助するためだよ?」
「ふぇ?」
首を傾げた私に向かって、ルイ君は懇切丁寧に説明をしてくれる。
「今回はコトがコトだからね。アリエスの能力を外部から補助すべきだと思うんだ」
「それとけっこんにどーゆーかんけーが?」
「婚姻ってのは一種の契約、縁を結ぶことなんだ。そりゃあ健やかなる時も病める時も一緒にいます、なんて誓うんだから当たり前だよね。それに、互いに互いを慈しみ合う誓いだから、主従契約やらその他契約よりも負担が少ない。だから、結婚でボクとアリエスの繋がりを強化して、補助しやすくしようと思って。まぁ、アリエスは外見年齢五歳児だし、国の法律的(※婚姻可能年齢は成人=十四歳から)にも無理だから、公的な結婚ってワケじゃないんだけど。それでも、〝結婚の誓い〟はしようと思えば出来るからねぇ」
「ちなみに、ルイ君はどんなふーに補助を?」
「邪神の力を使って能力の安定化を図るつもりだよ。一応、邪神の力は異なる世界由来だから。異なる世界の存在を召喚するとなったら、いい感じでサポート出来ると思うんだよね」
「ほうほう、なるほどね……」
ルイ君が唐突に〝結婚の誓いをして欲しい〟と言った理由がはっきりと分かって、私は成る程と納得する。
だけど、そんな私達に反してーー今の今まで黙っていたサイラス様は「ま、待ってください!!」と大声でストップをかけた。
「こ、婚姻の誓いを立てる理由は分かりましたがっ……ですがっ、婚姻は神聖なモノでしょう!? そんなっ……婚姻の誓いで得られる効果のために、そんなことをするなんてっ……」
サイラス様は顔を歪めながら、そう呻く。
………なんで、そんな変な顔してるんだろう……?
様子のおかしい彼を見て、ルイ君は怪訝な顔をする。
そして、面倒そうに口を開いた。
「………何が言いたいの、サイラス。回りくどい」
「っ……ですからっ! ネロ様のためとはいえ、愛し合っていないのに婚姻の誓いを立てるのはーー」
「はぁ? 何言ってんの? 互いに慈しみ合う契約だって言ってるでしょ? ボクとアリエスは相思相愛だよ?」
「…………………へ?」
ルイ君の言葉を聞いて、ピシリッと固まるサイラス様。
そこでやっと、私も彼が言わんとしていることを理解した。
「えーっと……うん。私もルイ君のことがすきだし、ルイ君も私のことがだーいすきだからそこら辺はだいじょーぶだよ」
「…………………え?」
つまり……サイラス様は、ネロさんの治療のためだけに結婚の誓いをすると思ったから止めた訳なんだね。
でも、私はルイ君に愛されてるってよぉ〜く知ってるし。私もルイ君のことが大好きだし。成人したら結婚するんだろうなぁって思ってた訳なので……その時期が速くなった程度に過ぎないから、〝愛なき結婚〟云々とかの心配は無用なんだよね。
だけど、流石にまだ交流が深くないサイラス様は私達がそんな関係だったと知らなかったのか……ぽかんっと大きく口を開けて固まってしまっている。
ちょっと申し訳ない気もしたけれど、ルイ君は「話を戻すよ」と彼を無視して私の方を見た。
………正確には、ぷっくりとした私の手を取って、そっと手の甲にキスを落とした。
「それじゃあ……改めて。アリエス。ボクは君が大好きです。取り敢えず、定期的に手足斬って監禁したいなぁって思うぐらいに愛してます」
「それは初耳なのですが!? てあし斬りたいの!? 私、リョナは苦手だよ!?」
思わず叫んだ私は悪くないと思います。
ルイ君はケラケラと笑って「実際にはしないよ」と頬を撫でてくる。
「そんなことをしたらアリエスにぎゅーってしてもらえなくなっちゃうでしょ?」
「あぁ……うん。ぎゅーってできないのは、私も嫌かな?」
「うん、だからしないよ?」
ーーにっこり♡
そんな効果音がピッタリなほどの綺麗な顔で笑ったルイ君だけど、その瞳からはハイライトが消えている。
…………あー……あぁー……。
あんまりヤンデレっぽくないから忘れてたけど……ルイ君、お父さんがヤンデレ好きだからってヤンデレ属性が付与されてたんでしたね?
ハイライト消えてんの見て、久し振りに思い出したわ……。
「まぁ、そんなこんなで」
「あ、はい」
一瞬で目に光を取り戻したルイ君に、私は〝切り替え速いな!?〟と内心驚く。
「ヤンデレ属性付与されちゃってて、精霊として生きてきたモンだから感性とか性質とかもおかしくて。最後のシメには邪神なんかも混じっちゃってるようなボクですが……そんなボクでも良ければ、結婚してくれますか? というか、結婚するでしょ?」
こてんっと首を傾げたルイ君は、かなりあざとく見える。
というか、断られると思ってない太々しさが逆に強いね。まぁ、その通りなんですが。
転生して、産まれて早々に死にかけて。そして……貴方に救われた。
その時から私の命はもうルイ君のモノ同然なのに、ルイ君は病的なまでの愛を私に注いでくれた。甘やかしてくれて。怖いことが起きたら守ってくれて。
私はもうルイ君から離れられないぐらいに溺れてしまっている。
だから、私の返事はーー……。
「うん。もちろんだよ、ルイ君。私も貴方とけっこんしたいです。ううん、けっこんします!」
「うん。じゃあ健やかな時も病める時も、死が分かち合っても一緒にいようね」
うん、すっごい重いね? いっそ尊敬するレベルだわ。
うっとりと蕩けるルイ君の顔。それは、とても色気増し増しな笑顔だった。
ただでさえ魔性の美貌なのに、それが十割増しになった感じだ。
その美しさを至近距離で見てしまった私は、体温が一気に上昇して、身体中が熱くなる。
「それじゃあ、誓いの口づけーー……って、見た目五歳児にキスして大丈夫かな?」
ルイ君は困ったような顔で、ふと小さくそんなことを呟く。
あー……あぁー……。
こちらの世界でも流石に十歳以下に手を出すのはあんまり……よろしくない風潮らしい(※それでも、国によってはそれ以下で婚姻することがあるし。この国の成人も十四歳らしいので、前世よりは厳しくない)。
でも、私は前世の記憶(多分、二十歳以上)があるから……。
「せーしんねんれーは大人なので、ギリギリセーフだと思うけど……」
「ならいっか」
「なっとくが、速い」
「はい、ちゅー」
「んぷっ!」
情緒も何もない唐突なキスだった。
めっちゃロマンチックに決めそうな顔してるのに、こんなキスなんて……きっと、私以外だったら怒られてると思うよ?
でも、これがルイ君って感じがして思わず笑ってしまう。
至近距離で絡まる視線。
目と目が合った瞬間ーー急速に私とルイ君の間に温かな繋がりみたいなモノが構築されていってるような感覚がする。
…………これが、ルイ君が言ってた契約による繋がり……?
「………ん」
ゆっくりと離れる唇。
触れるだけの優しいキスだったけれど、私の口からは熱い吐息が微かに漏れる。
ルイ君に至っては…………。
うわぁ……エロォ……。何このシェリー様達に負けず劣らずのエロエロオーラ……。(ドン引き)
舌で唇をぺろりっと舐める姿がこんなにも似合う人、そうそういないと思うよ……。
「……ん。ちゃんとボクの中にアリエスを感じるよ。そっちは?」
「………あ。えーっと……同じく、だよ」
「なら、早速ネロのところに行こっか」
ころりっと様子を変えたルイ君にギョッとしつつ。私はルイ君に子供抱っこされたまま執務室を後にすることとなった。
…………話の展開についていけなくなったサイラス様を置き去りにして。
だけど、執務室を出て一分後ぐらいーー「お待ち下さいっ!」とサイラス様も慌てて後を追ってきた。
ルイ君の肩越しに彼を見ると、なんとも言えない顔をしつつも喜色ばんでいる様子が隠せていない。
なんであれネロさんを助けられるのが嬉しいみたい。
そんなこんなで辿り着いたのは、軍部の医務室。
学校の保健室みたいでちょっと懐かしい気持ちになった私は、初めて入るその場所をキョロキョロと見渡した。
「なんじゃ。また怪我人かのぅ」
医務室に入った私達に気づいたのか、一番奥のカーテンから白髪のおじいちゃんが出て来る。
ルイ君達がきている軍服に白衣を羽織っている姿からして……軍医さんって人っぽい。
おじいちゃん先生は私達を見ると驚いたような顔をする。
そして、首を傾げながらこちらに近づいて来た。
「珍しいこともあるもんじゃな。滅多に来ぬエクリュ特務やおかしい病症の患者が来たと思えば……その弟までもか」
「ネロに用があるんだ。退室してくれない?」
ルイ君は速攻直球でそんなことを言う。
あまりにも簡潔(かつ失礼)過ぎて、逆に驚きが止まらなかった。
普通、そんなこと言われたら怒ると思うんだけどな!?
でも、おじいちゃん先生は怒ることなく呆れた顔で答える。
「阿呆め、退室なんざ出来るか。あの患者は精霊術が効かんから薬で対処しておるんじゃ。軍医がついてなければーー」
「これから治療する。でも人に見せられない方法なんだよ。だから、消えて?」
「…………」
不遜過ぎる態度に、おじいちゃん先生も流石に黙る。
ル、ル、ルイくぅ〜ん!? 医務室はこの先生のテリトリーなんだから、そんな偉そうなこと言っちゃ駄目じゃないかなぁ〜!?
しかし、おじいちゃん先生は偉大だったらしい。彼は大きな溜息を零すと、スタスタと医務室の入口へと足を進めた。
「…………何かあったら困るからの。廊下に出て待機させてもらう。それぐらいは構わんだろう?」
「良いよ」
「も、申し訳ありません。軍医殿……」
流石にサイラス様も申し訳なく思ったのかペコペコと頭を下げる。
おじいちゃん先生は「構わん。エクリュ侯爵家には歯向かわんのが一番じゃからの」と言い残して、医務室を後にした。
…………どんだけやねん、エクリュ侯爵家。
「さて、っと」
退室を確認したルイ君はおじいちゃん先生が出てきたカーテンをシャッと開けると、ベッドで寝ていたネロさんの近くに寄る。
……かなり悪い様子だった。唇は真っ青で、顔色は青を通り越して土色になっている。ゴホゴホと咳き込んでおり、指先は微かに震えている。
ネロさんのいつもの姿を知っているからこそ、今の姿に衝撃を受けてしまう。
ルイ君はジッとネロさんを見ていたかと思うと、「……やっぱりアリエスじゃなきゃ駄目そうだね」と呟く。
そして、反対側に回ったサイラス様の方に顔を向けて、淡々とした声で告げた。
「今からアリエスが固有能力を行使する。その前にサイラス。お前はここで精霊術による誓約を立てて。この部屋で見聞きしたことを一生、一切外部に漏らさないで。それが出来ないなら、アリエスに力は使わせない」
「も、勿論……誓約なんざいくらでも……!」
「速くして」
「で、では……《わたし、サイラス・トゥーザはこの医務室で見聞きしたことを外部に一生、一切漏らさないことを誓います》」
「…………うん。聞き届けたよ」
ルイ君はそう小さく零すと、今度は視線を私に向けた。
「アリエス。訓練通りに出来るかな?」
「うん、だいじょーぶだよ」
私はそっと目を閉じる。
今のネロさんの病気を治せる存在……それが召喚対象であることを意識して、能力を発動する。
じわじわと奥底から〝何か〟が湧き上がってくる感覚。それをトリガーにして、異なる世界から召喚対象を喚び寄せる。
ーーーー来た。
「ーーーー《召喚》」
目を開きながらそう告げれば、私の上空に空間の歪みが形成され始める。
だけどーー。
「…………ぁ……れ?」
唐突に薄れ出した意識。
視界が霞んで、感覚が遠くなって。触れていたルイ君の体温すら、消え去っていく。
ーーーーどぷんっ……。
私の意識が、深い深い水の中に沈んでいく。
「………………*******」
…………最後に、悲しい声を、聞いた気がした。
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