第20話 這い寄る悪意と嗤う傀儡(4)
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【注意】シリアスかもしれない。
「制圧完了、ってね。時間稼ぎ、ご苦労様。ルイ」
「もうっ……急に念話を切ったと思ったら、場所だけ伝えてきてっ……!」
「まぁまぁ、怒らないであげてよ。シエラ」
聞こえた声に振り返れば、そこにはシエラ様とルイン様がいて……私は口を開けたまま固まった。
そんな二人の背後では気絶した男二人とオリーの姿、加えて泣きながら抱き合うセルとメイサ。
一体何が……? というか、いつの間にお二人が……? と思っていたら、傀儡師が苛立ったように舌打ちをした。
「チッ……! 増援を呼んでたのかよぉ!」
「当たり前でしょう? じゃなきゃ無駄話なんて付き合わないよ」
ルイ君は鼻で笑いながら、そう答える。
…………え? つまり……?
見捨てる云々的な会話は、時間稼ぎ的なヤツですかっ……!?
本気で言ってるのかと思ってたっ……!
「流石にボク一人じゃ全員を生かしたまま制圧することができないからね」
「本当、固有能力って厄介だな。制圧自体は早く終わったけれど、固有能力持ちの近くだと精霊術が安定しないから直接転移できなくて……ここに来るまで、少し時間がかかったよ」
「……いや、充分早い方だとは思うけど?」
「そう言ってもらえるなら、よかったよ」
ルイン様はそう言ってルイ君の隣に立つと、腰に帯刀していた剣を引き抜く。
私は暫くそのまま立ち尽くしていたけれど……いつの間にかシエラ様に抱っこされて、後ろへと下がっていた。
「ハッ!?」
「恐い思いさせてごめんなさいね、アリエスさん」
「い、いえっ……だいじょーぶです!」
「怪我もしてないようだし……良かったわ。帰ったら、セリナにも声をかけて頂戴ね。あの子、自分が仕事を全うしなかったからだって、ちょっと死にそうになってるから」
それを聞いて私は顔面蒼白になる。
セ、セ……セリナァァァァァア!
私が一人で本を読みたいって言ったからなのに、そんなに責任感じてるのぉぉぉぉっ!?
「まぁ、セリナの件は置いといて……今はあっちを警戒しましょう」
シエラ様はセル達のところまで下がると、私を下ろして傀儡師を警戒する。
ピリピリとした緊張感の中……傀儡師はイライラを隠さずに、地面を蹴った。
「あーっ、もうっ! 面倒くさぁ! 僕には精霊術が効かないって言ったでしょぉ!? 抵抗しても、召喚師ちゃんを連れてく未来は変わらないよぉっ!」
「精霊術が効かない、ねぇ」
ルイ君は考え込むように首を傾げる。
そしてーー。
「精霊術が効かないならーーそれ以外で攻撃してみようか」
一瞬で距離を詰めて、剣を横薙ぎした。
ガギィィィィィイン!
再度、発生する金属と金属がぶつかり合う音。
唐突な攻撃に一瞬動揺した傀儡師は、ルイ君の剣が目の前に発生した薄水色の膜に遮られたことで……そんな攻撃をしてきた彼を嗤う。
「あ、あははっ! それ以外って……物理攻撃ってこと!? ばーかっ! そんなの効かないよぉ! ボクは防御の魔道具を持ってるからねぇ!」
「…………うん、大体分かったかな」
噛み合わない会話をしながら、ルイ君は後退し……ルイン様に声をかける。
「兄様」
「ん?」
「ちょっと時間稼ぎお願い」
「……いいよ。俺が倒したらごめんね」
「そしたら、シエラ義姉様に〝格好いい〟って言われるんじゃないかな?」
「よし、本気でいこうっと!」
入れ替わるようにしてルイン様が駆け出し、傀儡師に剣戟を放っていく。
傀儡師を囲うように走りながら放たれる連撃は、まるで嵐のようで。
ルイ君の剣がぶつかった時よりも甲高い衝撃音から、剣に込められた力の強さもよく分かるようだった。
「ひぃっ!? 何、こいつぅっ!?」
「あははっ、逃がさないよ! 君らに世界を壊されたら、シエラも死んでしまうからねっ!」
傀儡師はあまりの剣戟に、その場から一切動けなくなる。
……まぁ、あんな風に全面から攻撃されてたらそうなるよね。
でも、防御の魔道具というのは優秀なのか……ルイン様の攻撃を物ともしない。
そんな光景を見たシエラ様は困ったように頬に手を添えて……呟いた。
「全然、壊れないわね。やっぱり精霊術師じゃ相性が悪いかしら?」
「まぁ、このままじゃ無理だろうね」
シエラ様の言葉を拾ったルイ君は肩を竦める。
だけど、こちらを振り向かずに……彼は答えた。
「だから、ボクの出番だよ。《創造せよ、顕現せよ、降臨せよ》!」
ゴォォォォォッッ!
ルイ君の足元から竜巻のように黒炎が放たれて、彼の持つ剣に集まっていく。
鈍い銀色だった剣が……真っ黒に染まって、いっそ禍々しい大剣へと姿を変える。
その剣を確認したルイ君は満足げに頷くと……未だに剣戟を続けるルイン様に叫んだ。
「兄様!」
「!」
ただそれだけでルイン様とルイ君の位置が一瞬で変わって、今度はルイ君が剣を振りかぶる。
そして……。
その大剣は……容赦なく薄水色の膜を切り裂き、傀儡師の身体に傷を負わせた。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっっっ!?」
「よし。通ったね」
『えっ……!?』
呻く傀儡師と満足げなルイ君、加えて驚く私達……。
精霊術は効かないのに、ルイ君の攻撃が通ったことに……ルイン様は焦った声を漏らした。
「ル、ルイっ……! お前、何をっ……いや、違う! お前、何になった……!?」
………?
ルイン様の言葉の意味が分からなくて、私は首を傾げる。
だけど、彼はそれに答えずに傀儡師へと歩み寄った。
「詳しい話は後で。今はこいつを捕まえるのが先だよ」
ルイ君は痛みで蹲る傀儡師の前に立つ。
「どうやら、君は戦闘慣れしてないみたいだね。それぐらいで動けなくなるなんて」
「はぁー……はぁー……」
「言葉も発せられないぐらい、痛い? なら、僥倖。拘束するに当たって、大人しくしててもらうに越したことはないからね」
ルイ君はそう言って、傀儡師へと手を伸ばす。
その指先が胸元を掴もうとした瞬間ーー。
「調子に、乗りすぎだったわね。傀儡師」
新たな声が、その場に響いた。
『っ……!』
ルイ君が警戒するように飛び退くと、傀儡師の影から何かが這い出てくる。
真っ黒なローブを纏った人物。
だけど、フードから溢れる浅葱色の長髪と……ローブを押し上げるほどの胸元から女性であることは察せられた。
「お、ま……」
「本当、馬鹿なんだから。聞いてた未来と変わったら直ぐに撤退だと言われていたでしょうに」
黒ローブの女性は呆れた様子で言って、傀儡師の頭を触る。
すると、傀儡師はその影へと一瞬で沈んでしまった。
それを確認した女性は、剣を構えたまま警戒するルイ君達の方に振り向く。
「あら。攻撃なさらないの?」
「…………流石に、そんな王都を丸ごと巻き込むような爆弾を持ってる奴を攻撃できないかな」
「うふふ、ご明察」
しゃらり……。
女性は自身の手に嵌めていたブレスレットをゆっくりと撫でる。
「わたくしが攻撃されたら、この爆弾が発動するようにしていたのに……残念ね」
〝できることなら、爆弾が発動して欲しかった〟と言わんばかりの声音に、私の背筋がゾッとする。
…………なんで、そんな……。
彼女は心底残念な様子を隠そうともせずに、優雅なカーテシーをして……別れの挨拶をした。
「今日はここまでにさせて頂くわ。またお会いしましょう、皆様」
「…………次がないことを祈るよ」
「それは無理ね」
女性はクスクスと笑いながら、影の中へと消えていく。
それを見送った私達は……呆然としたまま、その場に立ち尽くしていた。
「…………ルイ」
沈黙が満ちていたその場を切り裂いたのは、感情を押し殺した声。
ルイ君は険しい顔をしたルイン様に視線を向け……困ったように肩を竦めた。
「分かってる、全部話すよ。でも、その前に……」
ルイ君の視線がゆっくりと私に向いて、その目尻が優しく下がる。
そして……両手を広げて、私を招いた。
「おいで、アリエス。恐かっただろう?」
「っ……!」
私は息を飲む。
彼の優しい声が……もう、大丈夫だと思わせてくれる。
そうすると……我慢していたものが、込み上げてきてしまった。
顔が歪んで、視界が滲んで。
一目散に走って、ルイ君の腕の中に飛び込んで……大声で泣いた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁあんっっっ! ルイ君、ルイ君っ……ルイくんっっっ!」
「よしよし、頑張ったね。よく泣くのを我慢してたね」
優しく撫でてくれるルイ君の手が温かくて、安心する。
恐かった。
凄く、恐かった。
《邪神兵団》の異常性が。
これからどうなるか分からない不安が。
…………自分の所為で誰かが死んでしまうことが。
ルイ君と、他の人達と二度と会えなくなるんじゃないかって……。
本当に、怖くて恐くて……仕方なかった。
その後ーー。
抱き締められて安堵した私は泣き疲れて……この世で一番安心できる彼の腕の中で眠りについた……。




