第16話 異なる世界の結末は(3)
(多分)シリアス(所々、シリアスブレイクしてる気もするけどっ)だよ、そのさんっ!
……という訳で〜いつも読んでくださってありがとうございます!
寒さが厳しくなってきたから、体調に気をつけてお過ごしください!
それでは〜長めだけど、よろしくねっ☆
『……とまぁ、そんな感じで。ボクはこの場所で目を覚ましたんだ』
もう一人のボクは、自嘲するような笑みを浮かべながらそう告げる。
だけど、ボクはその話を聞いて……言葉を失っていた。
彼は軽い口調で話したけれど……内容はそんな風に話していいものじゃない。
最悪すぎる、話だった。
『まだ、世界のためってんなら理解できたよ。邪神を封印したとはいえ、ボク自身もいつ封印が解けるか分からない……爆弾みたいなモノだったから。そんな危険な存在をこの世界においておけないからって。平和な未来のために、不安要素は完全に排除しておきたいって言うなら、納得した。だけど、あいつらの心を知っちゃった今は、最悪としか言えないかな』
「…………あぁ……そうだろう、ね」
さっきの嘲るような笑みではなく……安堵したような顔でボクは笑う。
『でもね。こうやってあの世界から離れられて良かったと思うんだ。多分、あのままあの世界にいたら……それはそれで違う悲劇が起きていただろうから』
「…………違う、悲劇?」
『そう。例えば……王子に暗殺されちゃったり?』
まさかぁ〜……とか茶化すように言えたらよかったんだけど……そんなの嘘でも無理。
さっきの話を、王子の本音を聞いちゃった以上……絶対、やりそうだよ。
だって、王子……自分より目立つ英雄なんていたら、容赦なく始末するタイプっぽそうだもん。
『だから、やっぱりここに堕とされるのは正解……だったのかな。堕とした奴らはムカつくけど。それに、ここに来たからこそ……ここにいるからこそ、君に世界を救うためのアドバイスも届けられたしね』
「………ぁ……」
ボクはそれに、先ほど聞いた説明を思い出す。
ここは……どこにでも繋がっていて。だけど、どこでもない場所。
……あぁ……そういうことか。
なんとなく、あの森に行かなきゃいけない気がしたのも。
アリエスを救わなきゃと思ったのも、手放し難いと思ったのも。
大切にして、泣かせないようにって……そんな風に思うようになったのも。
ボクがボクに干渉してきたのは……これが、理由。
…………最悪の結末を、迎えないようにと……異なる世界のボクが救いの手を差し伸べてくれたんだ。
『まぁ、ぶっちゃけ? 他の世界のボクにアドバイスを与えるように命じたのはボクの中にいる邪神なんだけどね!』
ガクシッ!
ボクはボクの行動に感動しかけたのにーーそれを聞いて転けそうになった。
ねぇ! ほんの数秒前のボクの感動を返してくれないっ!?
というか、まさかの発案者が邪神なのっ!? 驚きなんだけどっ!?
『あっ。驚いた? ボク主導のアドバイスじゃなくて』
「驚くに決まってるだろうっ!? というか、邪神って世界を滅ぼそうとしたのに、他の世界を救うアドバイスをさせるって……なんか矛盾してないっ!?」
『それが矛盾してないんだよ。邪神クンの行動理論は、ただ一つだからさ』
「……ただ一つ?」
『そう。邪神が顕現するのは……自身を召喚した哀れな召喚師の人生が残酷すぎたからだ。彼女に残酷なことをした世界が許せなかったからだ』
唐突に語り出した、異なる世界の……アリエスの話。
でも、ボクは……彼が言わんとしていることを察して、絶句する。
『答えを言っちゃうとね? 邪神はアリエスのためだけに、世界を滅ぼそうとするんだよ』
「えっ……!?」
その事実に、驚かずにいられなかった。
だって……今まで、邪神は《邪神兵団》に操られて世界を滅ぼそうとしているんだと思っていたのに……邪神自らの意思で世界を滅ぼそうとしたとは思わなかったんだから。
『また驚いた? ボクも邪神もそれを知った時はすっごい驚いたよ。まさか、邪神がちっぽけなヒトのため……ただ一人の少女のためにボクらも《邪神兵団》も世界も巻き込んで全部壊しちゃおうとしてたんだから。でも、納得もした』
「…………納得?」
『異世界から召喚されたとはいえ……邪神はその名の通り〝神〟なんだ。本来であれば……あの程度の負のエネルギー、生贄では召喚できないんだって。それでも召喚に応えたのは……アリエスのため』
「っ……!」
ボクは息を飲む。
ただ、一人のためだけに……邪神は、世界を滅ぼそうとするなんて。
『で……他の世界であろうとも、アリエスの死で自分が召喚される未来なんて迎えて欲しくないからって……ボクに他の世界のボクに対してアドバイスするようにってお願いしてきたんだよ』
「…………邪神は、どうしてそこまでして……」
『うーん。なら、直接聞いてみる?』
「は?」
ガクンッ!
ボクの身体がいきなり震え、真紅だった瞳が……漆黒へと変わる。
その顔は……どこか頼りなさ気な困ったような笑み。
そして、ゆっくりと彼は頭を下げて、挨拶をした。
『〝初めまして。異なる世界のルイ〟』
「あ、はい……初めまして」
ノイズが混じった声に、ボクは目の前にいるのが邪神なのだろうと悟る。
…………というか、こんなに簡単に意識が切り替わるって……ボクと邪神はもう、結構混ざってるんじゃ……。
『〝えっと……まずは感謝を。アリエスを救ってくれて、ありがとう。まだ、完全には安心しきれないけれど……最初の分岐点は確かに変えることができたよ〟』
「いや……救ったなんて……。ボクがアリエスに会ったのは……君が、ボクに他の世界に向けてアドバイスを送るようにしたからみたいだし……」
『〝……まぁ、それは否定しない。でも、動けないわたしの代わりに、確かにアリエスを保護してくれたのは君だ。だから、やっぱりありがとう〟』
邪神は再度頭を下げる。
ボクはそんな彼の後頭部を見つめながら……ゆっくりと口を開いた。
「ねぇ、聞いていい?」
『〝何?〟』
「なんで……君は、そこまでアリエスに拘るの?」
『〝…………〟』
邪神は逡巡するように目線を彷徨わせる。
だけど、数秒後にこちらを向くと……ゆっくりと語り出した。
『〝拘る理由、か。……多分、彼女が綺麗だったから……かな〟』
「…………綺麗だった?」
『〝そう。君の周りの人達はアリエスと呼ばれた少女の結末を語らなかったけれど……起こり得る未来の一つとして、知っておいた方がいいと思う。わたしが出会ったアリエスは……とても酷い人生を送っていた。具体的に言うと……その身を傷つけられ、犯され、穢され、汚され、貶められ……人らしくあることを許されず、世界を滅ぼすための人の姿をした道具として。凡ゆる悪意を詰め込まれた〟』
「っ……!」
それが、ボクが彼女と出会わなかった未来。
…………アリエスが、辿るかも知れなかった……残酷な未来。
『〝最初に抱いた感情は哀れみだった。でも……人らしい感情を持たないように育てられた彼女が、死ぬ間際に。自分自身の願いを抱いたんだ。愛というものを知ってみたかったって。酷い目に遭ったのに……愛なんて知らない彼女が最後の最後に愛を求める姿が……とても綺麗で。可愛くて。愛おしくて。慈しみたくて。でも、そんな彼女を殺した世界が、奴らが憎くて恨めしくて、ぐちゃぐちゃにしてやりたくてっっ! …………だから、そんな綺麗なアリエスに残酷なことをした世界を滅ぼそうとしたんだ〟』
「…………」
『〝だけど……滅ぼす前にルイに封印されちゃって。そして……他の世界と繋がっていて繋がっていないこの場所に来たおかげで、他の世界のアリエスのことも考えるようになった。わたしの出会ったアリエスはあんな酷い目に遭って死んでいったのに……他の世界のアリエスもあんな人生を送らせて死なせるのは、酷すぎるって思ったんだ。だから、せめて……まだ救われるアリエスがいるならばって、ルイに頼んで他の世界の君に彼女を救ってもらえるように手回ししてもらったんだ。これが……わたしがアリエスに拘る理由、かな〟』
「…………」
ボクは、不思議で仕方なかった。
この目の前にいる男はーー世界を滅ぼそうとした邪神だけど。
でも……この男は。
不特定多数のためじゃなくて、ただ一人の少女のために世界を敵に回すような……どこにでもいる愚かな男にしか見えなくて。
……まぁ、うん。それでも世界滅ぼそうとするなんてアウトすぎるけど……でも……。
なんで……こんなヒトが邪神なのだろうと、不思議で仕方なかった。
「…………世界を滅ぼそうとするぐらい、アリエスが好きなんだ?」
『〝…………うん。わたしの出会ったアリエスは彼女だけだったけれど……他の世界の彼女達も不幸にならなければいいなと願うほどには好きだ〟』
「…………」
そう言って笑った邪神は……とても柔らかな笑みを浮かべていて。
……見てるこっちが羨ましくなるくらいの、眩しさを感じた。
だけど、唐突に彼の顔色が翳り、胸元を押さえながら呻き出す。
そして……冷や汗を掻きながら……震える声で、告げた。
『〝……すまないが、もうルイと変わる。あまり、わたしが表に出ていると……ルイがルイでいられる時間が少なくなってしまうから。君にお礼を言えて、良かった〟』
「えっ?」
ガクッーー。
ボクがその言葉の意味を聞く前に、ボクの身体が糸を切られた人形のように倒れ込む。
だけど、彼は直ぐに起き上がらずに……苦しそうに呻いた。
『……うぐっ!』
「ど、どうしたのっ!?」
ボクは慌てて駆け寄って、ボクの身体を起こす。
声にならない嗚咽を漏らすボクは本当に苦しそうで、何が起きてるのかが分からない。
けれど数分後……少しずつその容体が落ち着いてきて。
数十分後には、ボクは完全に調子を取り戻して、息を零した。
『……ふぅ……ごめん。驚かせた』
「…………」
……謝罪に返事を返さずに、ボクはその身体を……その中で渦巻く力を見て納得する。
………あぁ……簡単に入れ替わってしまうのも……君らが苦しむのも、そういう理由なんだね。
「…………もう……限界なんだね」
元々、異なる意識が一つの身体に共存している時点で危うい状況だ。
そして、こんなにも簡単に意識が入れ替わるということはーーそれだけ、互いの境界が曖昧になっているということで……。
加えて、あんなに苦しんでいたのは……互いに互いを削り合って、衰弱しているからだ。
ボクはボクの言葉に目を見開き……バツが悪そうな顔をして、頬を掻いた。
『あ〜……あはは……やっぱり分かるか。まぁ……うん。曲がりなりにもこの身に封じてるのは邪神だし……ボクも半神だし。互いに削り合っちゃうのはしょうがないよね』
……そう言って、ボクは困ったように笑う。
………自我が消えかかっているという、最悪な状況なのに……彼は笑っていた。
『これでも、互いの自我が消えないように力を抑えてるんだ。だから、本当はもっと早くにボクはボクじゃなくなるはずだった。これでもボクらは互いに保った方なんだから……そんな顔しないでよ』
「…………流石に、二人も人格が消えかけてる前で……笑えないって」
『そりゃ……そうか。うん、今のはボクが悪かったな』
……………ボクは肩を竦めながら、苦笑を零す。
ボクは分かっていながらもーーその質問をした。
「…………ねぇ。これから、君はどうなるの?」
『……どうなる、かぁ。どうなるのかな。現時点ではボクはまだボクだって意識があるけど……近い内に……』
「…………」
…………その先は言わなくても分かる。
君は……君らは。
…………もう直ぐ、死ぬんだね。
…………なんで、君らがこんな何もない場所で、そんな最後を迎えなきゃいけないんだ。
「……………ねぇ。もう一つだけ、聞かせてよ」
『何?』
「…………君達は、生きたい?」
『…………』
その質問に、ボクは大きく目を見開く。
そして……顔を思いっきり歪めながら、答えた。
『……そんなの……当たり前だろう。〝死ぬのは……消えるのは、恐いよ〟』
震えた二つの声と、一つの身体。
その死の恐怖に震える瞳が、死にたくないと……強く物語る。
ボクはそんな自分の姿を見て……納得したように頷いた。
「だよね。ならさーーボクから提案」
『…………提案?』
「そう。あのねーー……」
そうして告げた……ボクの提案の内容に、彼はその顔を驚愕に染める。
そして……信じられないモノを見るような顔で、質問してきた。
『……は? 君、何言ってんの……? そんな提案、君とっても自殺行為に近いだろうっ……!? なのにっ、なんでこんな提案っ……!』
ボクは大きな声で叫ぶ。
その顔は……僅かに見えてしまった希望に、絶望しているようで。
なんで、こんな提案をしたんだ、とボクは何度も繰り返す。
……なんで、か。そんなのボク自身にも分からないよ。
確かに、この提案はボクにもリスクがある。
というか……最悪、ボクまで消えかねない。
でも……なんかこのままにするのは、嫌だと思っちゃったからさ。
………というか……アリエスが自分を救ってくれた人達がピンチになってるって知ったら、悲しみそうだし。いや、確実に悲しむな。うん。
「……っていうか……なんで提案者より、提案された側が動揺してるかなぁ」
『動揺するだろうっ!? 自分の所為で君まで巻き込もうとしてるんだぞっ!?』
「まぁ、でも。提案とか言ってるけど拒否権はないよ。大人しく受け入れて。答えはイエスとはい、しか聞かないから」
『はぁっ!?』
「どうせボクとボクが一緒になるだけなんだから、いいでしょう?」
……そう告げたら、ボクは絶句した。
そう……ボクが告げた提案は、ボクがボクを吸収するというモノ。
いつかの兄様が異なる世界の兄様……《穢れの王》を吸収したのと同じことをしようとしている。
『一緒になるだけって……君、ボクと邪神の状況分かってるのっ!?』
「そりゃあ勿論。でも、それって違う存在だから、互いに削り合ったんだよね。同じ存在なら吸収できるって……兄様で証明できてるし。それに、君と邪神がかなり混ざっちゃってるから、なんとかなるって」
…………というか、衰弱してるからこそ……成功する可能性は高い。
だけど、ボクは呆然としたままで。
ボクははっきりしないその態度に眉を顰めた。
「何? 嫌なの?」
『嫌って言うか……確かに、ボクらもうほぼ同化して衰弱してるけど……それでも、失敗したらどうなるか分からないじゃん。君がそんなリスクを負う必要がないし。それに……君へのメリットは?』
「メリット? まぁ……この状況が嫌だなぁって思ってるボクの気分が晴れるのと……。後、アリエスを守るための力が増えるよね。それに、ボクの世界のだけど……アリエスの側にいれるよ?」
『あっ、邪神がめっちゃ煩い。え? 受け入れて欲しい? アリエスのためになるし、側にいたい? お前、本当にアリエス主義だなっ!? どうせならやるだけやって後悔しろ!? いや、無関係者巻き込むのはちょっと……向こうから提案してきたから、大丈夫!? 生きたいクセにかっこつけるな!? あぁぁぁ、待って……煩い。あ、マジで煩い……だぁぁぁぁぁぁぁあっ! もうっ! 分かったよ! やりゃいいんでしょ、やりぁ! 仕方ないから、賭けてやるよ! もう!』
ボクは頭をガシガシと掻き毟ると、勢いよく立ち上がる。
そして、ボクの方に手を差し出して叫んだ。
『異なる世界のボクはとっても、頭が馬鹿らしい。本当、リスクしかないってのに。でも、提案したのは君だ。だから、ボクは責任取らないからな!』
「いいよ。提案者はボクだ。それに、自己満足のためだからね。死なば諸共?」
『間違ってないけど、なんかもうっ……! 本当っ、ボクとは思えないなぁ! 君は!』
ボクはボクの手を取り、ニヤリと笑う。
そして……。
ボクはボクを吸収した。




