第15話 異なる世界の結末は(2)
シリアスその2!
今回は異なるルイ目線の、彼の世界で起きたことのお話です。
それでは〜よろしくどうぞっ!
『わたし達の複合精霊術で、邪神を倒してみせます!』
そう言った亜麻色の髪の少女は、隣に立った自分の守護者であると定めた第二王子の手を取り……幸せそうに微笑んだ。
世界の命運をかけた瞬間だというのに、よくそんな顔でいられるなと思った。
だけど、彼女は……この戦いが王子との婚姻のために必要な過程だとしか思ってなかったんだろう。
現時点で、《精霊姫》であれど平民と王子が婚姻なんてできやしない。
それこそーー多大な功績を持たないと、無理だ。
邪神討伐は、まさにその多大な功績にうってつけだった。
こいつらは、自分達が邪神を倒すのだと……疑っていなかった。
だけど……現実というのは残酷で。
こいつらの言う複合精霊術は、邪神には一切歯が立たなかった。
『……な、ん……で……?』
最高戦力で組んだ対邪神軍団は、邪神の前に呆気なく崩壊した。
焼け焦げた肉の匂い。
鉄臭い……鮮血。
心を通わせた者達が精霊力を重ね、巨大な威力を持つ精霊術を発動させる……複合精霊術のための装填時間を稼いで死んでいった兵士達に囲まれながら。
少女と王子は、死した召喚師の肉体を使って動く邪神の前で……呆然と立ち尽くす。
〝なんで〟……とか。逆にこっちが聞きたいぐらいだ。
そんなの、お前らの力が及ばなかったからだろう?
ボクは複合精霊術が効かないと分かった瞬間ーー戦うことを止めた少女と王子を冷たい目で見ながら、口元から伝う血を拭い……一人で邪神の前に立ち塞がった。
『……本当、ままならないな』
……ボクは思わず苦笑を零す。
本当は。兄様がこの場にいれば、結末は変わったのかもしれない。
この国の最強は兄様だ。
しかし、兄様の最愛……義姉様が妊娠してる今、兄様は義姉様を置いて戦場に出ることなんてできない。
そもそも兄様は特別顧問という軍位を得ているが……一応は一線を退いているのだ。
退いた人を戦場に送り出すことなんて出来やしない。
これから生まれる子供から親を奪うかもしれないなんて……受け入れられなかった。
だけど……そう思う反面で。兄様にこの場にいて欲しかったと思わずにいられない。
『……まぁ、そんなの考えても無駄か。今が全てなんだから』
『……ア……アァ……』
泣いているように聞こえてしまう……邪神の呻き声。
ボクはソレから放たれる威圧に顔を歪める。
こんなに恐ろしいモノを喚んだ召喚師は、小柄な少女だ。
ゆえに、その肉体を使う邪神の見た目も……人とそれほど変わらない。
しかし、それが纏う邪のオーラはボクの心臓を締め付けるようだった。
……その威圧に、改めて理解する。
やっぱり、神殺しなんて簡単ではないのだと。
『なら。世界のために、こうするしかないよね』
『…………ア?』
神殺しができないのならば、封印してしまえばいい。
ボクは死力を尽くして封印の精霊術を展開する。
エルフの血と精霊王の血を利用した……きっと、この世で一番最強の封印。
その展開準備を終えたボクは一瞬で邪神の前に転移すると、その華奢な肉体を抱き締めて……僕の身体の中に取り込み始めた。
『うっ……ぐっ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!』
取り込むと同時にボクの中に流れ出すのは……邪神の感情と、邪神召喚の生贄となった召喚師の記憶。
その残酷すぎる真実に、ボクは息を飲む。
何も知らずに、ただ敵だと見据えていた哀れな少女が……被害者であったことを知ってしまい苦しくなる。
そして……彼女が歩んできた人生の凄惨さと、そんな彼女のために召喚に応じた邪神の怒りにーーーー本当に、泣き叫びたくなる気持ちだった。
それでもーー。
『ボクはこの世界に生きる数多の命を守るために、邪神を封印する』
そうして……大量の血を吐くと同時に、ボクは自身の身体に邪神を封印するのに成功した。
だけどーー。
そこからが、ボクにとっての地獄の始まりだった。
『……あぁ……まさか。貴方が邪神になるなんて』
『…………は?』
長時間に渡る戦いと、邪神を封印したばかりで衰弱していたボクは……ボクを拘束した光の鎖に対抗することが敵わなかった。
地面に転がったボクの前に立つ、少女と王子。
まさかと思いながらも、ボクは慌てて叫んだ。
『違うっ! ボクは邪神を封印しただけだっ!』
『いいえ。貴方は邪神を取り込んだでしょう? つまり、今の貴方は……邪神です』
『オレ達はこの世界の平和のために、貴様を倒す』
『…………っ!』
嗤う二人を見て……二人が発した声と同時に聞こえた、その声にボクは目を大きく見開いた。
〝このままでは、邪神討伐の功績はルイさんのモノになっちゃう……そうなったら、彼と結婚できないっ……! それは嫌なのっ……! 折角、王族になれるっ……成り上がるチャンスなのにっ……!〟
〝あぁ……あぁ! なんてタイミングが良いんだ! 元々、邪魔だと思っていたルイを消せるチャンスが来るなんて! ずっとずっと、憎かった! オレよりも目立つこいつがっ!〟
邪神を取り込んだ影響なのか……どうやらボクは、他人の本心を知ることができるようになってしまったようで。
この二人はどうしようもなく、自分のことしか考えていなかった。
平民から王族へとなるためーー。
自尊心から、自分よりも優秀な者を消すためーー。
…………まだ、恋人と婚姻できないからボクにいなくなって欲しいって言われる方が、どんなにマシだったか。
こんな奴らのために死んでいった兵士達、守護者候補達が……哀れで仕方なかった。
『ルイさんが死んだ瞬間に邪神の封印が解けてしまうかもしれないーーだから、貴方をこの世界とは切り離された場所……亜空間へと追放します』
『や、止めっーーっっっ!』
『グリード』
『あぁ』
光の鎖で頭のてっぺんから足の指先まで覆われて声を発することができなくなったボクは、その場で声にならない訴えをするしかなくて。
だけど、その時は訪れてしまった。
『『特殊術式、発動。ルイ・エクリュを亜空間へと追放する』』
…………は?
それを聞いた瞬間ーーボクは抵抗することすら忘れるぐらいの衝撃を受けた。
彼らが手にしているのは、長方形の赤い紙を模した……使い捨ての術式発動媒体。
それは、とある固有能力持ちが誰にでも精霊術と似て異なる術(通称・特殊術式)を発動できるようにした魔道具だ。
固有能力から生み出されたがゆえに精霊術による発動阻害を一切受けない。
しかし、使い捨てであることと、その魔道具を一つ作るのに一年かかること、使い方次第では戦争を招く可能性があったため……第一級管理魔道具の一つとして王族に管理されていた。
だけど、今はそんな話、どうでもいい。
なんで、こいつらは……今、それを使っている?
なんで、邪神を倒そうとした時に……それを使わなかった?
…………もしかしたら、特殊術式ならば……誰かが死ぬ前に全てを終わらせることができたかもしれないのに。
『ど、う…して……どうして、どうしてどうしてっっっ! それをあの時に使わなかったっっっ……!』
鎖で覆われている所為で、その声は二人に届かない。
周りの精霊達が慌てて特殊術式の発動を止めようとするが、固有能力由来の魔道具には精霊による発動阻害が効かず……呆気なく、それが発動してしまう。
『な、んでっ……!』
頭の中に……沢山の記憶が蘇る。
偶にアホっぽいけど尊敬している父と、ヤンデレってる母。
これまた時々ヤンデレしつつ万年新婚夫婦ってる兄夫婦と、その家族達。
エクリュ侯爵家で働く、無駄に腕が立つ使用人達。
人の世に慣れないボクに優しくしてくれた先輩や同僚達に、自分を慕ってくれた後輩達。
そして……。
ーーーー誰にも救われなかった、生贄の少女の姿。
あぁ……こんなのって。残酷すぎるだろう……。
ボクは魔道具から放たれた黒い靄に包まれながら……意識を失くした。




