第12話 〝ただいま〟と〝おかえり〟
急な温度変化で風邪気味になりました。
もし、明日以降の更新がなかったら本格的に体調を崩したんだなぁと思ってください。
いつも読んでくださってありがとうございます。
今後とも〜よろしくお願いします(*・ω・)ノ
シェリー様が連行されてから一時間後ーーつまり夕方の四時くらい。
私は言い表しづらい不安感を抱きながら、彼が帰ってくるのを待っていた。
「ねぇ、セリナ」
「はい〜」
与えられた部屋の、エクリュ侯爵家の外門が見える窓に張り付いた私は……後ろのソファに座って縫い物をしているだろうセリナの方を振り向かずに声をかけた。
「ルイ君はまだ、かえってこない?」
「まだですよ〜」
「あと、どれくらい?」
「定時は五時だとお伺いしていますので〜。後一時間ほどかと〜」
「…………そう、なの」
その返事に、私はさっきよりも気分が落ち込む。
いや、待ってれば帰ってくるんだから……こんな落ち込む気持ちになる必要はないんだけどね。
だけど……この世界に転生して、初めて出会った人で、私の命を救ってくれた人だからかな?
………………ルイ君がいない時間が長くなればなるほど……不安になる。
ルイ君のことばっかり考えてたし、無駄に時間のこと気にしてしまうし、時間が経つほど落ち着かなくなる。
……………………私の中で、どんだけ彼が大きい存在なのかがよく分かるね。
「………ルイ君、はやくかえってきてくれないかなぁ……」
窓に張り付いてそう呟いても早く帰ってくることはないのに……思わず何度も同じことを呟いてしまう。
そんな私に……セリナは声をかけてきた。
「アリエス様〜」
「なぁに?」
「そんなに待ち遠しいのでしたら、お迎えの準備をするのはいかがでしょうか〜?」
「…………おむかえの、じゅんび?」
「はい。軍部からご帰宅したルイン様とルイ様は、先に埃を払うために入浴されますから〜。入浴の準備をしておくんです〜」
「!」
ピクンッとそれに反応した私は、セリナの方に振り返る。
軍人のお仕事がどんなのかは分からないけど……多分、訓練とかあるから汚れちゃうんだと思う。
確かに、汚いまま食事をするのは不衛生だもの。
「ルイ様のご帰宅の準備をしてたら、あっという間に帰られますよ〜」
セリナはそう言いながら、優しく笑う。
私が余計な不安を抱かないように、ルイ君のためにできることをさせてくれようとする。
私は、そんな優しいセリナの提案に満面の笑顔を浮かべて頷いた。
「おむかえのじゅんび、します!」
*****
夕方五時ーーそれは勤務時間終了の時間。
ボクは報告書を上司に提出し終えて、着替えてから帰路に就いた。
軍属とはいえ貴族なら馬車で帰るらしいけど……ボクと兄様は歩いて王宮敷地内から出て、転移で帰っている。
本当は軍部の拠点である《黒水晶宮》から直接転移できたらいいんだけどね。
でも、王宮は安全対策のために転移阻害の精霊術が展開されているから、無理なんだ。
大通りしか通れなくて時間かかる馬車とか、辻馬車とか徒歩の人達よりだいぶ楽をしてるから、文句は言っちゃいけないと思うけど……やっぱり王宮敷地外に出るのは面倒くさいかな。
「そう言えば……」
「……何?」
偶然、帰るタイミングが一緒になった(毎日一緒ではない)兄様が、隣を歩きながらふとそう呟く。
ボクは首を傾げながら言葉の続きを待った。
「いつも通りに帰ってるけど、早く帰らなくていいのかい?」
「…………どういうこと?」
「アリエスがルイが帰ってくるの、待ってるんじゃないの?」
「えっ」
それを聞いた瞬間、ボクはギョッとして目を見開いた。
…………だって、アリエスがボクらが帰る家にいるのは分かってたけど、ボクが帰るのを待ってるなんて……思いつきも、考えもしなかった。
考えてなかったことが顔に出ていたからか、兄様は呆れた顔をする。
そして、苦笑を零しながら告げた。
「朝、アリエスは寝てて何も言わずに出てきちゃったんだろう? なら、アリエスはルイがいなくて寂しい思いをしてるかもしれないじゃないか」
「………そう、なの?」
「そうだよ。アリエスにとって一番親しい人、近しい人、自分を守ってくれる人はルイだ。そんな人が側にいない時間が長かったら……不安になると思うんだけどなぁ? ………最悪、泣いてるかも?」
「泣いてるっ!?」
…………普通とはズレてるボクにはまだ、完璧にそういうのが理解できないけれど。
アリエスが不安に思っているかもしれない、泣いてるかもしれないという可能性があるだけで、急ぐ理由に値する。
ボクは兄様に「先に行く!」と声をかけてから、走り出した。
「あぁ、もう!」
今日ほど転移阻害を憎らしく思った日はないよ!
アリエスが泣いてたら、どうしよう!?
想像しただけで胸が痛くなる。
もう彼女には、泣いて欲しくないんだ。
辛い思いをさせたくないんだ。
だって、もうアリエスはーー。
『充分苦しんだからね』
ーーーーえ?
頭の中に誰かの声が響いた気がするけれど、それと同時に王宮敷地外に出る。
ボクは少し困惑したが……優先すべきはアリエスだったから、聞こえた声の件はひとまず置いといて、転移の精霊術を発動した。
「《転移》っ!」
転移先は勿論アリエスがいる場所。
一瞬で変わった景色先は……どうやら、ボクの部屋だったようで。
タオルをベッドに置いていたアリエスは、急に転移してきたボクを見て大きく目を見開くと、ピシリッと動きを止めた。
……………。
……………………あれ? 全然、泣いてないけど?
「…………ルイ君?」
「あ、うん。ただいま」
「……………」
疑うような声で聞かれて、ボクは右手を上げながら挨拶をする。
すると……アリエスの顔が徐々に歪んでいき……ドスンッとボクのお腹にタックルを噛ましてきた。
「んぐっ!」
「みぃぃぃぃぃ……!」
ぐりぐりぐりぐり!
アリエスの頭がお腹の溝をぐりぐりして、ちょっと痛い。
そもそも、アリエスの身長ってボクのお腹に届かないと思うんだけど、なんで届いた!?
あっ、ベッドの側に踏み台がある!? そっから飛んだのか!
というかっっ!
「痛い痛い痛い痛い! アリエス、ちょっと待って!? 溝はキツイ!」
「にゃ、んでっ……朝、おこさなかったの! 起きたらいなくて、さびしかったぁ!」
「いや、アリエスが凄い気持ちよさそうに寝てたから起こすのが忍びなくて……」
「起こしてほしかったのっ! おしごとだから仕方ないってのは分かってるけどっ、朝、すこしでもあったらガマンできると思うのっ!」
「……………」
…………ちょっとズレてるボクでも分かるぞ?
これ、親しい人に言う……〝我儘〟ってヤツじゃない?
……アリエスがボクに我儘言えるぐらい、ボクを親しく感じてくれているって……うん。控えめに言っても嬉しいや。
それに、これぐらいの我儘……可愛いとしか思えないしね。
ボクの胴体に抱きつくアリエスの脇に手を差し込んで、ぷらーんっと持ち上げる。
視線を合わせれば……泣いていると言うよりも、顔を真っ赤にして怒るアリエスの姿。
…………泣かれなくてよかったとは思うけど、寂しい思いをさせてしまったのは確かみたいだから、ボクは素直に謝罪した。
「ごめんね。寂しい思いをさせて」
「むぐ……」
「ただいま、アリエス」
再度〝ただいま〟を告げれば、アリエスは……やっと、怒った顔を少し収めてくれて、安堵したような顔をして笑う。
そして……。
「…………おかえりなさい、ルイ君」
嬉しさを隠さない声で、そう返事をした。
実は同じ部屋にいたセリナ
「存在、忘れられてます〜」




