第9話 腹ペコ幼女と、大人のお話
もぐもぐ。
もぐもぐもぐもぐ。
もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ。
「………………はっ!?」
ハッと我に返った時には、私の前という前にはお皿のタワーがありました。
えっ!? 何これっ!?
「あ。アリエスが返ってきた」
ビクリッ!
後ろから声が聞こえたと思って顔を上げれば、そこにはクスクスと笑うルイ君の姿。
慌てて周りを見渡せば……私は結構広い部屋(多分、食堂?)にいて。
私の前にある長テーブルの上には食べかけのお肉が乗ったお皿と、お皿タワー。
そして……私が座っているのは椅子ではなく……ルイ君のお膝の上。
………………………マッテ? ドウユウコト?
「………ナニガ、オキマシタ?」
「ん? アリエスが無心でご飯食べてただけだよ?」
…………ルイ君の説明が足りない。
えーっと……思い出せ、私。
確か……お腹が鳴って、恥ずかしくて愚図ってたら、気づいたらここにいて。
目の前にご飯を出されてからの記憶がない。
…………えっ? まさかのご飯食べるのに集中しちゃって、我を失ってたってこと?
えっ!? 私、そんな食いしん坊キャラだったっけ!?
マジでっっ!?
「あら。もう満足したのかしら?」
「いっぱい食べたなぁ」
ひょこひょこりっ。
タワーの向こうからシエラ様とルイン様が顔を覗かせる。
私は恥ずかしくなって……顔を真っ赤にしたまま、謝罪した。
「ご、ごめんなさい……こんなに、いっぱい……」
お皿タワー……見た感じ、百皿近くありそうなんですけど?
……よくこんなにお皿あったな……いや、気にするのそこじゃない。
よく私、こんなに食べたなっっっ!?!?
「あらあら。この程度、気にしなくて大丈夫よ? お腹を空かせたままにするなんて、できないわ」
「そうそう。こんだけ食べてくれたら、逆に気持ちいいくらいだからな。もっと食べるかい?」
「いえ……もうじゅーぶんです」
…………実際はまだ入るんだけど……流石にこれ以上要求するのはアレなので。
でも、なんだろう……。
シエラ様とルイン様が、おばあちゃんとおじいちゃんに見えてきた……。
いっぱいお食べ……って、色々ご飯くれるよね……。
「取り敢えず、この食べかけのお肉だけ食べちゃいなよ。はい」
ぱくりっ!
「っ!」
目の前に出されたからほぼ無意識で口に含んでいた!
というかですよ、というかですわよ。
フォークを咥えたまま、私は固まる。
…………道理で、私、フォークとナイフを持ってない訳だよ。
ルイ君が食べさせてくれてたんですねっっっ!?!?
もぐもぐもぐもぐ……ごくんっ。
「ル、ルイ君……」
「ん? どうかした?」
給仕係にさせられているというのに、ルイ君はそれはもう素晴らしい笑顔。
……………めっちゃ楽しそうですね……?
いや、でも食べさせてもらうのは恥ずかしい。
うん、自分で食べよう。
「あの、ルイ君。私、自分でたべ……」
「……………」
「た、たべ………」
「………………えぇ……」
…………しゅーんっ……という効果音が似合いそうなほどに、目に見えて落ち込むルイ君。
止めてください……その目。
自分で食べますと言いたいのに……そんな顔されると言いづらいっっっ!
思わずSOS求めてシエラ様達の方を見るけど、お二人は〝大人しく食べさせられなさい〟と言わんばかりの笑顔。
……これは平行線ですね? どうしようもない感じなんですね?
このままじゃ埒があかないと判断した私は……すっごく顔が熱くなりながら、声をかけた。
「ルイ君……」
「うん?」
「た、た……たべさせて、くれる?」
「! 勿論、いいよ!」
ぱぁぁぁぁあ……!
……多分、今の彼に尻尾があったら、凄く揺れてるんだろーなぁ……。
…………まぁ、うん……ルイ君が楽しそうだから、いいよ。
私が羞恥心で死にそーだけど、我慢します。
………実際、食べるだけって楽だし。
もぐもぐもぐもぐ……ごくんっ。
「…………ごちそーさまでした」
「よく食べました」
最後の一切れを飲み込んで〝ご馳走様〟を言えば、ルイ君に頭を撫でられる。
……なんか、ルイ君……どんどん甘やかしい〜になってくなぁ……。
「…………おぉ、凄い」
「…………ん?」
「あんなに食べたのに、全然お腹が膨らんでないね。ぺったんこのままだ」
頭を撫でていたルイ君の手がお腹へと移動して、ペタペタと撫でる。
…………あまりのデリカシーのなさ(いや、もうこれはセクハラ? でも、ルイ君に悪気はなさそうだなぁ……)に思わずスンッとする私。
…………だけど、私が何かを言う前に……。
ひやりとした冷たい空気が前方から流れてきた。
「…………何をしているのかしら、ルイ君」
ビクリッ!
私達は思いっきり顔を引き攣らせて、そちらを見る。
そこにはゴゴゴゴゴ……と凄まじい威圧を放ちながら、笑うシエラ様。
あっ、怒ってらっしゃるぅ。
「うふふっ。ルイ君がちょっとズレてるのは知っていたけれど……まさか、そこまで淑女の扱いがなっていなかったなんてね」
あ、やっぱり見た目幼女相手であろうと、お腹タッチはアウトでございましたか。
シュンッ……! と壁際で待機していたセリナの腕の中に強制転移させられた私は、目をパチクリさせる。
そしたら、シエラ様がにっこりと微笑んで指示を出した。
「アリエスさんはお風呂に行ってらっしゃい。セリナ、よろしくね」
「あ、はい」(←威圧に負けて、断れない)
「畏まりました〜」(←侍女なので、断る気もない)
「ルイ君は、私と少しお話ししましょうね」
「……………はい……」(←自業自得なので、断れない)
頬を引き攣らせるルイ君に、私はちょっと声をかけたくなる。
だけど、ルイン様が〝何か言うと余計に悪化するかもだから、黙っていなさい〟とアイコンタクトしてきたため……沈黙を保つことにした。
ごめん……ルイ君。
私、こんなに怒ってるシエラ様のお説教に巻き込まれたくないの……!
貴方の尊い犠牲を私、忘れないからね!
「いや、死なないから」
ルイ君、思わず私の心の声にツッコミ。
だけど、それを聞いたシエラ様の笑みが更に深くなった。
「あら。私とのお話しで死ぬと思っているの?」
「違います!」
……………そういえば、私の心の声を読む精霊術を使ってましたね。
ごめん、ルイ君。
お風呂場から君の無事を願ってる。
ジトーッ。
私はセリナに抱っこされたまま……ルイ君のジトーッとした目に見つめられながら、退出するのだった……。
*****
セリナに抱っこされながら、手を振りつつ去るアリエスをほんの少し恨めしく見つめながら。
二人が食堂から出ていくのを確認したボクは、その姿が消えるのと同時に……兄様達へと視線を動かした。
「アリエスは行ったね。なら、ルイの《邪神兵団》に対する見解を聞こうか」
兄様はにっこりと笑いながら、そうボクに告げる。
アリエスについて調べてみると精霊王が言っていたのを、二人も聞いていた。
多分、詳細は父様から直接伝えられているんだろう。
ボクは父様から聞いた内容から思ったことを、淡々と答えた。
「見解も何も……普通に、傍迷惑だとしか思ってないよ」
怨みに駆られて世界を壊そうとするぐらいなんだから……《邪神兵団》には酷い目に遭ってきた人が多いんだろう。
そんな彼らが酷い目に遭わされた世界を滅ぼしたいって行動するのは、仕方ないことなのかもしれない。
でも、だからって。
自分達の目的のために小さな子供を教育して、利用するのは駄目だ。
「あの子を巻き込むのは、許さない」
「…………なら、どうするつもりかな?」
「そんなの、聞くまでもないよ?」
ボクはにっこりと、微笑む。
生憎と世界のため……なんて言えるほど正義感を持ち合わせている訳じゃないから。
「アリエスを守るだけ、だよ」
ボクは〝守りたい〟っていう、自分のエゴを優先する。
…………まぁ。それが結局、世界(ついでに父様)を救うのに繋がるけど。
「…………ねぇ。一つ聞きたいのだけど」
ボク達の会話を黙って聞いていた義姉様がふと、口を開く。
探るような、見定めるような視線。
そして……首を傾げながら質問してきた。
「…………私は同じ転生者のよしみで手助けしようとは思うけれど……ルイ君はなんで、そこまでアリエスさんに肩入れするのかしら? まだ、出会ったばかりでしょう?」
……あぁ……それかぁ。
頭を掻きながら、少し苦笑を零す。
義姉様の質問はごもっともだ。
確かにボクとアリエスは出会ったばかり。
一日すら経ってないのに、こんなに肩入れするのはおかしいよね。
でも……。
「よく分からないけど……〝アリエスを手放したら駄目だ〟って、思っちゃうんだよね」
本当は誰かが囁いてる感じなんだけど……この誰かはなんとなく悪いモノではなさそうだから、言わなくても大丈夫なはず。
それに、この誰かが言う〝アリエスになんの憂いもなく笑っていて欲しい 〟という願いは……ボクも同じだ。
「つまり……なんとなくってことかしら?」
ボクはクスクスと笑う。
まぁ、それも間違いではないけれど。
「忘れたの? アリエスを拾ったのはボクだ。なら、ボクはあの子を最後まで守る義務がある。だから、ボクはアリエスを守るんだよ」
やっぱり、ボクがアリエスを助ける理由は、これなんだよなぁ……。
………まぁ、ぶっちゃけ。ボクからアリエスを奪おうとしてるのが気に喰わないってのが本音だけど。
「「…………(察し)」」
…………兄様と義姉様はすっごい生温い目線をこちらに向けてくる。
……何? その顔は……?
「うーん。これはアレなのかしら?」
「さぁ? これから分かることじゃない? 奪われるのが嫌ってことは、そういうことだからね」
「そうね」
兄夫婦は二人の間で会話をまとめると、にっこりと笑う。
…………なんか、ボクには全然分からなかったけど……今の会話で通じるんだ……凄いな。
「さーて。そろそろ俺は風呂に入ってこようかな。明日も仕事だし」
兄様はグイッと背伸びをしながらそう言って、立ち上がる。
ボクも明日は仕事だから、一緒に食堂を出て行こうとしたけれど……「あら、駄目よ?」と義姉様に止められて、動きを止めた。
「ルイ君にはお話が残ってるから」
にっこりと、笑った義姉様からは相変わらず凄まじい威圧が放たれていて。
……あー……あぁぁー……。
忘れてなかったかぁー……。
「じゃあ、シエラ。また後でね」
「えぇ、ルイン。また後で」
「ルイ。グッドラック」
ボクは〝ドンマイ〟と視線で告げながら去っていく兄様の背中を睨みながら……。
その後、義姉様から淑女への対応について、沢山お話(という名の説教)を受けるのだった……。