第6話 精霊王との邂逅
よろしくね〜
シェリー様が飛び出して行って数分後。
私は超巨乳メイドさんに頭を撫でられてました。
……………何故?
「はわ〜。可愛いですね〜」
なでなでなでなで。
ひたすら頭を撫でられること早数十分。
そろそろ私の頭が禿げないか不安になってきた頃。
ソファに座って成り行きを見守っていたルイ君がやっと私を救出してくれた。
「ふぉっ!?」
ふわりと浮遊感がしたと思ったら、次の瞬間には私はルイ君の膝の上で。
彼は呆れた顔で、この部屋に来たメイドさんを軽く睨んだ。
「セリナ。アリエスを困らせるな」
「えぇ〜、困らせてないですよぅ〜」
…………巨乳メイドさんはセリナさんというのか。
というか、お胸が凄いな。
メイド服の前ボタンがはち切れそうだよ……。
溢れんばかりってこういうのかな?
………………思わず自分のまな板ボディーを見て、ペタッと胸元を触ってしまった。
「…………アリエス?」
「あ、はい。なんでもないです。別にうらやましくなんかないです」
(……………羨ましいんだね……)
ルイ君がなんか生温い目で見ている気がするけど、この際無視。
仕方なかろう。前世の私もまな板だったんだから、ちょっとぐらい不安になったんだよ!
エルフは大体、まな板が相場だからね!
「……胸がなくても、アリエスなら可愛いと思うよ?」
ルイ君は首を傾げながら、ぽつりと呟く。
その様子から見ても、本心からそう言っているようで。
でもね、ルイ君……それ、セクハラだよ……。
「ルイ君……デリカシーないね……」
「うわぁ……女の子に胸のこと言うとか、サイテーです〜」
セリナさんも私に追従するように、冷たい目をルイ君に向ける。
ルイ君はキョトンとしながら、質問した。
「…………女の子に胸の話とかするのは、駄目なこと?」
「うん」
「ふぅん、そう。なら、気をつけるよ。ごめんね? でも、アリエスが可愛いのは嘘じゃないから、そこは謝らないでおくね」
ルイ君はそう言って、私の顎を優しく包み顔を上げさせると……額にふわりと柔らかなキスを落とす。
「っ!?」
……………思わず、絶句しました。
だって、本当に流れるようなキス(額にだけど)だったよ!?
さり気ないその行動に、女タラシの気配を感じたよっ!?
いや、大人が親愛を示すために小さい子にやるようなキスなんだろうけどっ……!
…………なんかっ! 深い意味はないんだろうなぁ〜って分かってるのに顔が熱くなるのが、悔しいっ……!
「あらまぁ〜……ぷにぷにほっぺが真っ赤で可愛いですぅ〜。こんな可愛らしいお嬢様にお仕えできるなんて、わたくし、幸せですぅ〜」
セリナさんはぽわぽわと微笑みながら、そんなことを言う。
………………え? お仕え?
「えっ!?」
私はガバッと勢いよく背後を振り返る。
ルイ君は私の疑問を浮かべた顔に「あぁ、そういえば」と思い出したように告げた。
「セリナはアリエスの専属侍女だよ。ほら……精神年齢は大人でも、見た目が幼い以上、何か困ることがあるかもしれないでしょう? だから、何か困ったことがあったらセリナでも誰でもいいから、遠慮せずに言うんだよ?」
「そ、そんな……私なんかに人をつけてもらうなんて、悪いよ!」
思わずそう叫んでしまう。
だって、私は普通の一般人。前世通して専属侍女なんて無縁だった。
自分のことは自分でやってきたし。
誰かにお世話してもらうなんて……気が引けちゃう。
だけど、ルイ君は「だーめ」と私の額をこつんっと指で突いた。
「義姉様に聞いたけど……前世の世界はこの世界と全然違う世界だったんでしょう? この世界は君の前世の知識が通じる世界じゃないよ。誰かの手助けが必要だ」
「うっ……」
確かに……ルイ君の言葉は至極真っ当な正論で。
反論する、余地がない……。
「アリエスが何を言おうともボクは勝手に助けるけど……所詮ボクは男だし。父様の影響で常識からズレてて、完璧な配慮ができるかって聞かれたらノーとしか答えられない。だから、同性で君の手助けが出来る人が……必要不可欠だ。セリナは君に必要な人だよ」
「…………」
「聡いアリエスは、ボクの言葉が理解できるよね?」
にっこり。
有無を言わさない笑顔だけど……こうやってセリナさんを専属侍女にしてくれたのは、私を思ってのことだもんね。
中身は大人でも……異世界転生した私は、何も知らない赤ちゃんも同然。
………なら、いつまでもごねるのは、我儘だよね。
「ルイ君、ありがとう。私のこと、かんがえてくれて」
「うん、どう致しまして」
ルイ君は私の頭を優しく撫でてくれる。
私は優しい彼の大きな手にうっとりしながらも……ハッと我に返って、慌ててセリナさんの方に向いて頭を下げた。
「セリナさん。ごめーわくをおかけしますが、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします〜。わたくしのことはセリナとお呼びくださいませ〜」
「流石に呼び捨ては……」
「わたくしは侍女なのでぇ〜。畏まる必要はありませんよ〜?」
ぽわぽわスマイルだけど、さっきのルイ君みたいに有無を言わさない笑顔を向けられて……気圧された私は大人しく頷く。
…………なんか、笑顔で押してくる人多いなぁ……。
ちょっと遠い目をする私でしたが……お膝抱っこしてくれているルイ君の身体がビクッと震えたことで、彼よりも大袈裟に身体がビクッと震えてしまった。
「ふぉっ……ルイ君? どうしたの?」
「………………」
「……ルイ君?」
顔を上げてみると、そこには天井を見上げたままの姿で固まるルイ君の姿。
どこか遠いところを見つめているような目をしていた彼は……少ししてから、チッと舌打ちを零した。
「…………ル、ルイ君?」
思わずビクビクした声が出ちゃった……。
そんな私の声にルイ君はハッと我に返って、慌てて頭を撫でてくれる。
「ごめん、アリエス。怖がらせちゃったかな? 君に舌打ちしたんじゃないよ。かなりウザい人に呼ばれちゃったから、苛ついただけ」
「えぅ?」
「セリナ。アリエスを連れて、父様のところに行ってくる。アリエスのことで話があるみたいだから」
私のことで?
………………どうしよ。面倒ごとの予感がするんですが?
「どれくらいで帰ってこれるか分からないが……夕飯の時間より遅くなりそうだったら、兄様達に伝えておいて」
「承りました〜。行ってらっしゃいませ〜」
「えっ? えっ!?」
状況に若干追いつけていない私を、ルイ君が抱っこする。
そして……。
ぱちりっ。
「ふぇっ!?」
瞬きをした次の瞬間ーー。
世界が、地の果てまでも続いていそうな花畑に変わっていた。
「…………っっ!」
瞬間移動(?)自体は二回目だから、あんまり驚かなかったけど……これは凄すぎる。
こんなの見たことがない。
晴れ渡る青空の下ーー色とりどりの花が見渡す限りに咲き乱れ、淡い光がキラキラと舞う景色は……壮大すぎる光景。
あまりにも幻想的で。
あまりにも綺麗で、美しくて。
私は、花畑から目が離せない。
「きれい……」
「そう? ここは綺麗なんだ?」
「うん」
「へぇ。ボクはここで暮らしてたから、これが当たり前だと思ったけど……そっか。ここは綺麗な場所だったんだね」
……………え?
ちょっと聞き捨てならない言葉に、私はガバッと彼の方を見る。
ルイ君は慣れた様子で歩き出すと……この場所の説明をしてくれた。
「ここは《精霊の花園》。精霊達の暮らす領域。そして、ボクが十二歳になるまで暮らしていた場所」
「せいれーたちが暮らすりょーいき……? ルイ君が暮らしてた……?」
「そう。つまり、ボク達を呼んだのはーー」
『勿論、わたしだとも! お帰り、わたしの可愛い息ーー』
「ウザい」
『グハッ!?!?』
なんの前触れもなく、なんの前兆もなく。
いきなり目の前に現れた白皙の男性は、ルイ君の一言で胸を押さえて倒れ込む。
そして、『息子が反抗期ぃ〜!』と号泣しながら子供のように地面を転がった。
「………………」
…………えっと、まさか。いや、嘘でしょう?
私の頬が意図せず引き攣る。
男性の容姿は……今、私を抱き上げてくれている彼と同じ、黒髪赤目で。
というか、ルイ君を三十代後半ぐらいにしたようなこの人は……多分、どう考えても。
「…………ルイ君……もしかして……」
「…………ボクとしても、どうしてこんなのがこの世界の管理人やってるんだろうって常々思うんだけど」
ルイ君は、冷たい目を地面に転がる男性に向ける。
そしてーー酷く、淡々とした声で告げた。
「ボクらを呼んだのはこのヒト……精霊王だよ」
うっそん。
マジでシェリー様とおんなじ感じっぽそうじゃん。