かたはれ時
3月初旬。
あれから一年半が経った。俺は、今はもう大学四年生。無事に教採を乗り越え、大学在学中に地元の学校に就職が決まった。楽しかった学生時代も終わり、いよいよ俺は社会人としての一歩を踏み出すのかと思うと、おめでたいことなのだが、でもやっぱり憂鬱で、気分が沈む。
実はこの俺、在学中に車の免許を取得したのだ。特に理由はないが、住んでいるのは千葉の隅っこ、かなりの田舎だ。実家から職場に通うにしても、車という足が必要であったのだから仕方がない。
大学3年の、夏休みの終わりに体験したことを思い出す。
トンネル先の、双子に纏わる呪術的信仰がされていた奇妙な集落。俺たちの中に〝片割れ〟がいたからという理由で迷い込んでしまったこの世のものの住処ではない世界。
呪いは概念だと神月慶一郎は言った。確かに概念だ。あれは恐怖を感じることはできても、目にすることは出来ない。だからこそ、後を引くように忘れることが出来ないのだと思う。
だから俺は興味本位で猿沼までやって来てしまった。取りたての免許で、例の集落がある辺りの場所まで来ていた。だが――――
「猿沼展望台。地図通りの場所だな」
あの手掘りのトンネルは面影すら見せない。大きく開けたこの場所からは俺が住む館山の町がよく見えた。
あの2日間は夢だったのではないかと思う。だが、喧しく騒ぐひぐらしの声と真っ赤に染まる夕焼けは、あの日と同じ面影があった。やはり現実であったのだろうと感じさせられた。
「かたはれ時か」
そっと独りごちる。
相手の顔が鮮明に見えないぐらい暗い、昼でも夜でもない時間。あちら側の扉が開く時間。
だが、呪いは開かない。呼ばれない。もう全てが終わったのだ。市ノ瀬さんも圷家の双子も、大学を卒業してこの街から出ていった。ここには俺だけが残されて―――――でも。
それでも俺はあの日に起きたことを絶対に忘れることはないだろう。
【終】