廃トンネル、廃集落
「うひゃあ…、迷ったよ、これ」
一花が言った。
今日は学校が無い日曜日。山の景色が見たくて、友達とツーリングしていたはずだった。だが、気付いた時にはもう遅く、国道を外れてしまっていた。足元の地面はアスファルトじゃないし、周りの景色も木々が蔓延り、薄暗く、とても気味が悪い。
9月初旬の夕暮れ。昼の終わりを知らせるように、狂ったようにひぐらしが鳴いていた。
「迷ったら引き返すだけでしょ。明日は学校なのよ?朝起きられなかったら困るわ。帰りましょう」
「でもここ凄いところだね…。こんな所があるなんてわたし知らなかった。しかも見て。電波が通じないの」
一花がナビ代わりに使っていたスマホを見せる。疑いつつ、あたしのも確認してみると、本当に圏外だった。もうじき日は暮れる。果たしてナビ無しで帰ることが出来るのか、非常に不安である。
「ちょっと歩いてみようよ」
バイクを隅に置いてスタスタと歩いていってしまう。あたしは慌ててその後ろ姿を追っていく。
「ええ…、待ちなさいよ。熊とか蛇とかがいたらどうするの?」
「そしたらわたしが何とかするよ。……何?もしかして怖がっちゃってるの?」
「そんなわけ…」
そう言って止まった。なぜかって?
それはあたしたちの前に気味の悪いトンネルが在ったからだ。
見るからに普通のものとは異なる。トンネル独特の半円の形は大きく歪んでいて、離れていても、その表面が凹凸しているのが分かった。それに、留めを刺すかのような頑丈に固定されたベニヤ板とトタン板のバリケード。それらはあたしたちがこの先へと侵入しないようにと、ずっしりと構えているみたいだった。
「な、なにこれ…」
流石の一花でも絶句する。それぐらい摩訶不思議な魅力を放っていたのだった。
『―――――』
耳元に声が聞こえた気がした。何と言ったかは判別はつかない。反射的に声のした方向へ振り返る。
だが、そこには誰もいない。気配すらない。
「どうしたの?」
「……いや、何か声が聞こえた気がしたのよ。一花……、あたしに話しかけた?」
「えぇ?何も言ってないよ」
そうは言っても誰かの声がしたのは確かであった。そして、それはあたしの気のせいではないことを再び確信させる。
『――――――――』
「…行かなきゃ」
「ちょっと?どうしたの?」
「この先。見てみない?バリケードの向こう側に何があるのか」
「べ、別に良いけど…。急にどうしたの?……あ、待って!」
声の導くままにあたしは進む。一花は元々乗り気だったのか、鼻歌混じりにあたしの後ろに続く。
ネジが緩んでいるところを見つけ、バリケードを手でずらして、体を上手く滑り込ませる。掌には黒い埃のようなものが付いた。長年誰も触れていないのだろう。それぐらい得体の知れない場所であると思わされる。
そして、あたしたちは未知のトンネルへと踏み込んでいく。
*
「お疲れ様です。お先に失礼します」
「稔くん、おつかれ〜。次もよろしくね」
「うっす」
店長に挨拶をし、気力の抜けた声で定型文を口にし、俺は頭を下げる。
店を出た。何の変哲もない、チェーン店のファミレス。こんな辺鄙な田舎にもあるのだから、都会だと名前の知れたかなりの有名店なのだろうか。このよく分からない店こそが、俺のアルバイト先である。
このまま帰ろうかと大通りの方へ向かおうする。だが、そんな俺の後ろ姿は、だらしのない金髪男に引き止められた。
「あ、待ってよ、寒河江。聞いてくれよ。オレ免許取ったんだよ」
「…免許ですか?市ノ瀬さんが?」
「そう意外そうな顔するなって。なあ、少し付き合ってくれないか?―――ドライブに!」
「…??なんで男二人で出かけるんですか。むさ苦しいっすよ。嫌です」
「いやいや。圷も5時上がりだから来るって」
「行きます」
「即答かなぁ!?」
女の子が来ると言ったらそれはもう即答をするだろう。
俺が所属している教育学部では、男女比は2対8ぐらいなのだが、それでも逆に女子が強すぎて萎縮してしまう。出会いがあるならば、それを無下にすることは出来ない。
スマホの画面を見る。5時過ぎだ。9月と言えど、秋分の日はまだ超えておらず、空は明るい。
「なら、俺はここで待ってれば良いですか?」
「ああ。もうすぐ来るだろうよ。声かけたら来るって言っていたからさ」
市ノ瀬さんは俺の横に並んだ。名を市ノ瀬玲弥という。
こんないい加減な身なりをしているが、バイト仲間の中では1番の歳上である。確か大学四年生であったはずだ。名前の挙がった圷さんも同じ大学四年生なのだが、市ノ瀬さんは一浪しているらしく、1年の年齢差があるそうだ。余談だが、俺と市ノ瀬さん、圷さんはそれぞれ異なる大学に通っている。
「おまたせ」
微妙な空気を引き裂くように高身長の女性が現れた。都会のモデルは全く知らないが、もし都会にモデルが存在するのならば、きっと彼女のような煌びやかな女性であるのだと俺は思う。
彼女が圷依里だ。ワインレッドに美しく染められたベリーショートの毛先を揺らしながらこちらへ来る。
「ごめん、エラー吐いて打刻できなくて。待った?」
「全然。大丈夫ですよ。それにしても圷さん、市ノ瀬さんの誘いによく乗りましたね」
「まあ、寒河江くんが行くって言うから。じゃなきゃ行かないわよ。この男と二人なんてお断りよ」
「君たちの中でオレの扱い酷くないかなぁ!?」
「で。ドライブに行くって何処に向かうのかしら?あまり遅い時間だと姉を待たせるから避けてほしいんだけど」
「フラって行ってフラって帰ってくるだけだよ」
「市ノ瀬さん、圷さんはその行先を知りたいんじゃないですか?」
そのままファミレスの下にある駐車場に向かう。従業員専用の置き場だ。そこに停まっている1台の青い車。市ノ瀬さんがキーを押すと、電子音が鳴り、扉が開く音がした。
「へぇ。新車なのね。市ノ瀬が買ったの?」
「ああ。バイト代貯めてね」
「凄いですね…。結構するんじゃないですか?」
「オレの小さい頃からの夢だったからさ。ローンで買ったから負担はそこまでじゃないよ。さあさあ、乗って」
言われるがままにそれ乗り込む。俺は助手席に、圷さんが後部座席に着いたところで、車はエンジン音を立てて発車する。
「……で、何処に行くんですか?」
「ははは、行ってみてからのお楽しみだよ」
「は?帰るわよ?」
「待ってって。のんびり景色を楽しもうじゃないか」
「嫌な予感しかしないわね…。まあ、良いわ。付き合ってやるわよ」
*
暫く時間が経ったのだろうか。
どうやら寝落ちをしてしまったみたいだった。後ろを振り向くと圷さんも頭を垂れて寝ているようだ。
俺は窓の外に視線を向ける。
「…ここは?山道ですか?」
圷さんを起こさないように小声で尋ねる。俺が発した言葉に「ああ、起きたんだ」と市ノ瀬さんは呟き、
「ドライブって言ったら山道だろ?」
「景色が変わらすぎて寝ちゃいましたよ。何分ぐらい経ちました?」
「40分ぐらいかな。頂上に展望台があるからそこで折り返すつもりだ」
「よかった、ちゃんと帰れるんですね」
「だから!?君たち本当にオレの扱い酷だよねぇ!?」
市ノ瀬さんは絶対、大学でもいじられキャラだろう。学校は違くてもこうして一緒にいるとそう思えてしまう。
車はそのまま進み、木々の茂る奥地へと入っていく。山の向こうには燃えるように赤い夕陽が見える。時間は6時手前ぐらいであろうか。日はもう傾きはじめていた。
「あれ?道がない?おかしいなぁ…?」
市ノ瀬さんは疑義の念を抱く。
前方に目をやるとトンネルがあり、その先に道は続いてそうなものの、どこかから寄せ集めたのだろうか。フェンスやベニヤ板、トタン等でバリケードがされている。侵入禁止のようだった。
一旦車が留まる。俺と市ノ瀬さんは、様子を伺おうと、車から降りて、その不可解なトンネルに近付いた。
「立ち入り禁止なんですかね?人間1人なら通れそうですけど」
「でもな。少なくとも車は通れないからなぁ。どうするか。うーん…、道は合ってると思ったんだけど」
その俺らの騒ぎ声に気が付いたのだろう。後部座席で眠っていた圷さんが目を醒ました。そして慌てて現在の状況を確認する。
「やばっ!?寝てた…。って、山……?ここどこよ?」
「見て分かるだろう?トンネルだ」
「そんなこときいているんじゃないわよ。なんでこんな所に私たちはいるの!?」
「展望台に行くつもりだったらしいんですけど、迷ったらしいですよ?」
「は?展望台?…どう見ても道なんてないじゃない」
ドアを開け、圷さんも外に出る。そしてそのまま廃トンネルの方へ歩み寄った。
「うっわぁ…、すっごい。エモいわね。これ、手掘りのトンネルよ?しかも結構年月が経ってそうね」
「手掘り?」
「ほら見て。素で掘ると綺麗なアーチにならないの。ここ、切通した後があるでしょ?」
「確かに。言われてみれば変だなぁ」
トンネルは半円状であるのだが、どこか歪だ。その端は不完全な弧を描いている。人の手で掘ったゆえに、このような形状をしているのだろうか。
その入口部分の岩に触れる。その表面はザラザラしていて、コンクリートで強引に形作られたものではないことは、ひと目で見ても分かる。
圷さんはリュックからスマホを出してそのディスプレイに目をやる。
「6時過ぎね…。しかも圏外じゃない。瑠依から不在着信入ってる…。……繋がらない、か。……どうしよう」
瑠衣というのは、待たせてると言っていた圷依里の姉であろう。
慌てて掛け直すものの、言うまでもなくこの地は圏外だ。圷さんは悲しげな表情を浮かべ、再度スマホをしまった。
「御家族の方待たせてるみたいですし、帰りましょうよ。ねえ、市ノ瀬さん?……市ノ瀬さん?」
振り返ると市ノ瀬さんは運転席の扉から手を伸ばし、カーナビを弄っていた。その顔はいつものおちゃらけた雰囲気とは異なる。
「どうかしたんですか?」
「いや〜、見てくれ、寒河江。おかしいんだよ。道は間違ってないんだ」
「でもこの先行けませんよ。隙間があるとは言え、どう見ても一般人が入ってはいけない場所ですよ。落盤事故とかに巻き込まれたら洒落になりませんし」
「だよなぁ…。でも、道は間違ってない。立ち入り禁止で行けないのも確かだ。だけどな――――」
市ノ瀬さんが地図が表示された画面を指さす。
圷さんも、その訝しげに表情を歪める市ノ瀬さんの様子を察したのか、俺の後ろに戻ってくる。
「――――こんなトンネル、マップになんて載っていないんだよ」
雑木林に囲まれた山道。ひぐらしの声が一層強くなった気がした。その甲高く喧しい鳴き声が、俺たちの見ているものが、空想であるかのように錯覚させていく。
市ノ瀬さんの人差し指の先には、トンネルなんて場所は表示されていない。1本の道だ。その500メートルほど先に、目的地としていた展望台らしきマークが記されている。
「まさか…ね?」
「まさかだと思いたいがな。夢ではないだろう」
「あの…。男が廃るようで申し訳ないんですけど…、とても嫌な予感がします。…ここは帰るのが吉かと」
「奇遇だな。オレもだよ。……寒河江の言う通り、これは引き返すしかないかな。幸いこれだけ拓けていりゃあ、Uターンも出来るし。なあ、圷もそう思うだろ?」
「いいえ。行きましょう」
その返答に俺たちは驚いた。思わずもう一度聞き返す。
「え??お前、家にお姉さんを待たせてるんだろ?良いのかよ?」
「長居するわけじゃないし。少しだけなら良いでしょ。ここじゃ連絡も付かないもの。それに地図が本当だったらこの先に展望台があるのよね?500メートルなんてすぐなんだし、折角来たのだもの。見に行きましょう」
「なんで?どうしたんだよ?圷らしくないぞ?」
「…?私らしいも何もないでしょ。ほら、男ならシャキッとしなさい」
「……マジですか」
俺らが説得する間もなく、圷さんは躊躇うことなく先を進む。器用にバリケードをずらし、細身の体をその奥へと滑り込ませる。段々その姿が小さくなっていくことに俺たちは焦る。
「…仕方ない。オレたちも行こう」
「まあ、そうなりますよね。歳上とは言え、女性を置き去りにして帰ることは出来ませんよ」
「だな。少し遅めの肝試しだ」
市ノ瀬さんは車をロックしたことを確認する。ドアノブを2回引くと、しっかり鍵はかかっていた。問題はなさそうだ。
「ほら、圷を見失うぞ」
「分かってますよ…。……はあ、憂鬱だ」
怖いのは好きではない。昔も今も、それは変わらない事実だ。故に、恐怖から来る好奇心というものに全くもって共感をすることができない。特に心霊スポットに屯う若者。あれについては理解をしがたいと俺は思う。何故自分から首を突っ込むのだろうか。
重たく深い溜息を腹の底から吐き出す。「やれやれ」と呟き、俺は、歩き出した市ノ瀬さんの後ろに続く。
*
圷さんは親切にも、トンネル内で俺たちのことを待っていた。トタン板を退かすときに掌に付いた、真っ黒い埃や塵を手で払い落としながら、暗闇に満たされたトンネルを進んでいく。
明かりは薄らとしかなく、辛うじて向こう側に出口があるのかということが分かるぐらいだ。スマホのライトを灯しながら、その反対側へと目指し、足を運ぶ。
「ジメジメして気持ち悪いな…。トリハダが立ったぜ」と市ノ瀬さんが呟いた。
足音がカツカツと鳴り響く。スマホの光でできた、細く長い影法師を踏みつけるように、俺は彼の一歩程度、後ろを引いていく。理由は言わずもがな分かるであろう。未知の地に連れてこられて、立ち入り禁止区域であろう所に侵入しているのだ。おまけに俺は怖いのが苦手。へっぴり腰になるのもやむを得ない。
トンネル内は湿度が高く、空気が服や皮膚に纏まりつくような感覚がする。外観だけでなく中身までもが気味の悪い場所だ。まるで映画『千と千尋の神隠し』の冒頭シーンみたいだ。このまま進んで、抜けた先に何があるのか、畏怖を抱く。
俺は、己の両方を挟む石壁をライトで照らす。湿気のせいか、苔やカビが目立っていた。
「手掘りって……。これって重機を使って掘ったんでしょうか?」
ふと俺が疑問を口にすると、先に歩いていた圷さんが返答する。彼女の声がエコーがかって俺に届く。
「いいえ。完全に手作業ね。道具はツルハシとかを用いて地道に作業したのでしょう、きっと。膨大な年月をかけて」
「圷さん詳しいですね。こういうの専門の学科でしたっけ?」
「違うわよ。姉が土壌がどうとかで卒論書いてたから前に手伝っただけ。岩が硬すぎると掘り進められないでしょ。…でも余りに長すぎるわね、このトンネル」
「これ、ここまで完成させるのに相当人手もいただろ?こんな山奥に作業員を集めるなんてことは可能なのか?」
「不可能では無いわ」
圷さんは付け加える。「この先に集落があれば」
「……集落?」
聞き返すと同時に一縷の明かりが段々と大きくなり俺らを刺す。外だ。トンネルの反対側、外へ出たのだ。
そこにはバリケードは設置されておらず、すんなりと出ることができそうであった。俺はそれに安堵する。
だが、俺と市ノ瀬さんはそこから見える景色に戦慄した。酷く悪寒がしたのだ。体の底から大量の虫が蠢き、それが一斉に這い上がって来るような、胸騒ぎ。
展望台なんて、やはり、そこには存在していなかった。
「圷…、お前変だぞ?やばいって…。気が狂ったのか?」
「何?失礼ね。私は普通よ?」
「どこがですか!?おかしいですよ!?なんですか、ここ。廃トンネルなんかよりもずっとやばいですよ!?冷静になってください。見てくださいよ、分からないんですか!?」
俺は圷さんにも分かるように大胆に指を指す。手掘りのトンネルの先。その先には一軒の家があった。
いや、正確には一軒ではない。それだけならばまだ問題ない。異様なことには変わりはないが、まだ気味が悪いだけで済む物事だ。
ただ、周囲にある家屋は半壊しており、廃墟と呼ぶよりも残骸と言う方が相応しかった。一軒の家、それを中心に建物が崩れているのだ。中心を毒というのならば、周りはその毒に侵された人々。そのような表現が適切に当てはまるのだと俺は思った。
そして、更にそれを囲うかのように咲き乱れる無数の彼岸花たち。夕焼けの赤とも合わさって、その現実離れした雰囲気を醸し出す。とても現世とは思えない光景だった。
「集落…、それも廃れた集落か。あのトンネルを作った人たちのかつての住処なのか?」
「どうでしょう。見た感じかなり朽ちてますよね。原型を留めていないものもありますし。10年やそっとじゃないと思う…」
「だよな。それにあの中心にある一軒家。気色悪いな。背中がゾクゾクするぜ。……お、おい…。……圷?」
圷さんは俺たちに構わずに先へ進んでいく。本能で察した市ノ瀬さんが慌てて彼女の腕を掴み、静止させる。
「圷、聞け。お前はどうしたいんだ?」
「あの家が気になるのよ。行かなきゃ」
「『行かなきゃ』じゃないですよ!?やっぱり変ですよ…。ねぇ大丈夫ですか?圷さん…ですよね?」
「だから平気だって言ってるじゃない。問題ないわ。ちょっと見たら帰るわよ。そっちこそ必死に私を止めようとして。……気味が悪いわ」
「それブーメランしてるからね!?今ここで俺が圷に帰ることを提案するとしよう。実際もうしているが。そしたらお前はどうする?」
「別に。そんなに帰りたかったら私を残していけば良いじゃない」
「車じゃないと帰れないの忘れてるのかなぁ!?」
「…あ、そうね。確かに。市ノ瀬の車じゃないと帰れないわ」
「じゃあ、圷さん。帰りましょうよ?嫌な予感がします」
「…でもね。どうしても気になるのよ。あの家が」
外観から窺ってみる。典型的な日本家屋だ。俺の実家の近所ならば、そう珍しくない。強いて言うならば、一般的なそれよりも、少し広さがあるだろう。
なんてこと無いはずの家屋なのに、大量の蔦が張り付くように絡み、所々見える赤く錆びたような外壁が一層その建物の異常さを際立たせる。
「中を見たら満足するか?」
「もちろん。そこさえ見ることが出来たならすぐ帰っても良いわ」
「それが条件ならついて行こう。すまん、寒河江。オレはこの馬鹿に付き合うわ。お前はどうするか?」
「お、俺ですか?……行きますよ。ここまで来たんですから。泥舟じゃないことを祈りますよ」
「おけおけ。さすがオレの後輩だ。……もう時期日も暮れる。圷の後を追おう」
俺は頷いた。
圷さんは、ウイルスが感染したPCのように言うことを聞かない。既に日本家屋の手前まで向かっていた。放置していたら何を仕出かすか分からない。
「…帰ったらここが何か調べる必要がありそうだな」
「ですね…。じゃなきゃ、気になって眠れませんよ」
色を失った無機物のように立ち聳える日本家屋。それは俺たちを飲み込もうとしているように見えた。
呼吸を大きく吸った。俺は覚悟を決める。