第二章(二)「えっそれ取るの?」
その翌日、ぼくは騎士団詰所の玄関先で、日の光を浴びながら大きく背伸びをした。
トットーはあの後、徹夜で証拠などを調書に取りまとめ、朝イチで法審査官とやらに提出。その後ようやく釈放許可を得て、ぼくは晴れて自由の身となったのでござる。
「ハイアート殿、ズエンカ殿。体調はいかがでござるか」
かぶとの隙間からのぞく口の端を持ち上げて、トットーが声をかけてきた。ぼくは苦く笑い、ズエンカはふんと鼻を鳴らした。
「好調とは言いがたいね。トットー、君も一度牢の中で一夜を過ごしてみれば分かるよ」
「そもそも、いきなり牢屋ってどうなの。それもエリンズの法だから仕方ない、とか言うわけ?」
まぁ、マランでもそうだったし──このやり方はゲイバムでもデゼ=オラブでも変わらないんじゃないかな、たぶん。
「いやはや、手厳しいでござるな。これでも釈放までは異例の早さでござる──さてお二方、商工ギルドに向かうでござるよ。拙者についてきてくだされ」
鎧をガチャガチャと言わせて、トットーは騎士団詰所から伸びる通りを歩きだした。四六時中あんな重そうなものを着けっ放しで疲れないのだろうか……。
「ぼくはヘベニッフさんのことで頼みたいことがあるんだけど、トットーはギルドに何の用が?」
「拙者は、ヘベニッフ氏が衣服の懐に所持していたマランのギルド証が、本物であるかを確認しに参るのでござる。法審査官には問題ないと認定されているが、事後でちゃんと確認を取る前提であったのでな」
「それはまた、面倒な手続きだね」
「正直なところ、非常に面倒でござる。しかし神に代わり人が人を裁かねばならぬ故、一分の過ちもあってはならないのだから、面倒などとは口が裂けても申せぬ」
「ふーん。まじめだねぇ」
「騎士としての矜持というやつでござるよ、ハイアート殿」
先を行くトットーの背中を眺めながら、会話を交わす。どこの国でも騎士とは誇り高いものだが、ここエリンズ騎士王国では国名に騎士などと入っている分、それが別格なのだろう。
しばらく街中を歩いたのち、トットーは周囲と比べて一つ頭の出た高さの石造りの建築物へと入っていった。ここがエリンズ王都の商工ギルドか──少なくとも、テピンのそれよりは立派な構えをしている。
「ご免。拙者は王都隊第一小隊長トットー・ヘンダリヒでござる。王都郊外で発生した、商人の強盗殺人事件について捜査に参った」
後についてギルドに入ると、トットーは受付らしきカウンターを挟んで女性と話していた。トットーの背後に立って、女性が奥に引っ込んだ後の無人のカウンター前で待っていると、初老の男が頭を低くしながら奥から出てきた。
「お待たせしました、ギルド副長でございますが……今度はどなたが被害に?」
「マランより行商の旅をして参った、ヘベニッフ隊商一行でござる。ヘベニッフと思しき人物が持っていた証文が本物かどうか、ご確認いただきたい」
封書を受け取り、ギルド副長は中身を開いてまじまじと見つめる。やがてひとつ首肯してそれをトットーに返した。
「本物に相違ありません。ヘベニッフ氏は前にこちらを訪れた際、今年の今週頃にまた来るとおっしゃってました。亡くなられたとは、残念です──それで、犯人はやはり、例の──」
「例の大盗賊団の仕業に、まず間違いないでござる。商工ギルドにもご心配とご苦労をかけて申し訳ないが、必ずや奴らを早急にこのエリンズから排除してみせるでござる」
「恐れ入ります。私どもも、騎士様だけが頼りです。では失礼」
深々と頭を下げて、ギルド副長は再び執務室らしき奥の部屋へと向かいかけた。
「──あの、すみません。ギルドにお願いしたいことが」
「はい? 何でございましょうか」
ぼくが呼び止めると、彼は振り返って再びカウンター際に立った。ぼくは申し訳なさそうに眉をハの字にして、わずかに肩をすくめた。
「申し訳ないのですが、マランのギルドに連絡して、商人たちのご遺族にこのことを知らせたいのです。頼まれていただけませんか」
「ああ、そうですね。もちろんです。商人の安否はギルド間で連絡し合う協定がございますから、そこは適切に対応させていただきます」
「そうでしたか、ありがとうございます。……それと、もう一つ、不しつけなお願いをいたしたく──ぼくはこれからあることを成し遂げようと考えていますが、それはとても危険を伴うものでして──」
ぼくはズエンカの背後から、彼女の両肩にポンと手を置いた。ズエンカは不思議そうな表情でぼくを見上げている。
「それで、大変申し訳ないのですが……この子を、ギルドで保護していただきたいのです」
「はぁっ?」
このリアクションをギルド副長から返ってくるのを予想していた。が、実際にこの声を発したのはズエンカだった。
「何それ! どういうつもりなの、ハイアート!」
「さっき言ったとおりだ。ここなら警備もしっかりしてるし、安心して君を預けられるのはここ以外に考えられない」
「違う! あたしを置いていって、何をする気なのかって訊いてるの!」
激しく問い詰めてくるズエンカに、ぼくは身を屈めて目線の高さを合わせ、真剣なまなじりを向けて静かに言った。
「ズエンカ。ぼくは、ヘベニッフさんたちを殺した犯人を追うつもりだ。みんなの仇は──このぼくが取る」
共にギルドを後にしたトットーに連れられ、ぼくは街の食堂を訪れていた。二人ともまだ朝食を食べてなかったが、もう早めのランチタイムと言っていい時間になっていた。
と言っても、ダーン・ダイマの風習では昼食は一般的ではない。人々の多くは朝と夕の一日二食で暮らしている。
「やれやれ。やっと飯にありつけるでござる」
固そうなパンと煮込み料理の入った皿を手にトットーが席につき、それに遅れてぼくも同じものを持って彼の対面に座った。
そして──トットーがおもむろに自分のかぶとを外そうとした時に「えっそれ取るの?」と心の中で驚いてしまった。面当てがじゃまをして食べづらいのだから至極当然のことなのに、なぜか彼がそれを脱ぐことを想像できなかった。
そしてテーブルの脇にかぶとを置いた時、ぼくは思わず呆気にとられてしまった。
年の頃は二十代前半か、ぼくより二つか三つ年上ぐらいの青年だった。精悍ではあるがさっぱりとした顔立ちで、さわやかさすら感じさせる。
平たく言うと、イケメンだ。
ありえない。正直言って、ござるござる言ってる男の顔ではない。
キャラが迷走してるというか、空中分解を起こしてるでござる。
「ハイアート殿。気持ちは分かるが、やめていただきたいでごさるよ」
一瞬心を読まれたのかと思ってドキッとした。
「え、あの。何が──」
「仇討ちでござる。私的な復讐は、エリンズの法で禁じられているでござる。また、犯罪に対する捜査権も騎士のみが有する故、おぬしに勝手に行動されては問題があるでござる」
ぐっとうめいて、ぼくは顔をうつむかせた。トットーに悪気があるわけじゃない。むしろ親身になって動いてくれた、善良な人間だ。
しかし──
「……君に逆らいたいわけじゃない。でも他人の手に委ねて、指をくわえて待ってるなんて、ぼくにはできない」
ガタッと音を立てて、ぼくは椅子から立ち上がった。
「トットー、今までありがとう。でも、ぼくは行くよ。留め立てするなら力ずくでも──」
「ハイアート殿、落ち着いて座るでござる。あわてないで、最後まで拙者の話を聞くでござるよ」
語尾を強めながら、トットーは凛と声を上げた。
確かに、十分な話し合いをもったとは言えない。ぼくは口をへの字に曲げながら、再び椅子にどかっと腰を下ろした。
「……悪かった、ちゃんと話を聞こう。でも、何を言われてもぼくの意志は変わらないよ」
「構わぬでこざるよ。拙者が言いたいのは──捜査権を持つ騎士が、部外の者に捜査協力を要請することを禁じた法はない、ということでござる」
「!」
ぼくは、トットーがかぶとを脱いだ時よりも呆気にとられ、うつろな目で彼を見つめた。トットーはぼくの視線に、苦い笑みで応える。
「……えっと、それは、つまり──ぼくに協力を?」
「最初からそのつもりで、おぬしを飯に誘ったでござるよ。魔術師が味方についてくれたなら百人力でござるからな! 答えは──訊かずともよいでござるな」
早とちりに恥ずかしさを覚えながら、ぼくはこくんとうなずいた。
「よし。では、冷めぬうちに飯にしよう。細かい話はそれからでござる」
そう言って、トットーは岩のようなパンに噛みついた。




