プロローグ
「……っと」
危ないなぁ、気をつけてよ。
一年一組の教室を出ようとして、廊下をはしゃぎながら走ってきた別のクラスの数人の男子にぶつかりそうになってよろけたが、言おうとしたその言葉はのどから出てくることはなかった。
というか今日は家を出てから、放課後になった今まで、ぼくは言葉を発してはいない。
朝にあいさつを交わしたり、休み時間におしゃべりをするような友だちは、二十数人いるクラスの中にはいない。これから部活動に出ることもない。家に帰ったら家族と会話はするだろうけど、たぶん、ぼくが声を出す機会はそれだけだ。
そんなぼくにも、友人がまるっきりいないわけじゃない。
たった一人だけ、小学一年生からのつき合いで、ぼくの家から百メートルも離れていない近所に住む幼なじみがいる。しかし──
昇降口を出て、何となく、校庭の方を見る。
グラウンドの中央では、サッカー部がシュートの練習をしている。その校庭の外周をランニングする集団もいくつか見える。
九月も半ばのまだまだ暑い時期に、あんな運動をよくやってられるな。
体育の授業ですらやる気のないぼくには、決して関わることのない、遠い世界だ。
ぼくの唯一の友人も、中学生から本格的にバレーボールに取り組み始めて、その遠い世界の住人になってしまった。それでも夏休み前まではたまに会う日もあって、頼んでもいないのに「ハヤ君、ハヤ君」としつこく絡んできてたけど、高校入学直後にバレーボール部に入った当初からレギュラー入り確実と噂される期待の新人としてますます部活動に精を出すようになっていったせいで、以降は顔を見ることすらなかった。
つまり、高校一年生の夏という青春まっただ中のかけがえのない季節に、ぼくはものの見事に「パーフェクトぼっち」となってたのだ。それも、現在進行形で。
十五歳にして早くも人生終了の予感に顔をうつむかせながら、ぼくは県立呉武高校の校門を抜けてとぼとぼと帰路についた。