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王子様がいない国~元同級生の金髪毛玉女が、金髪美女になって帰ってきた~

 王族のいる国には必ず王子様やお姫様がいる。君のいる国にはいない憧れの王子様がね。

 でも王子様はいつまでも王子様ではいられない。お姫様もそうだ。

 君は今も、金色毛玉の乙女のままなのかい。



 転校生が来たとき、みんなどんな子が来るのか話題にするのは恒例行事みたいなものだった。小学生でもそうだったし、中学校に上がったときもそれは変わらなかった。先生が転校生が来ると周知の事実になっていてもひそひそ話は止まなかった。これも変わらない。

 けど彼女が教室に入ってくると、時が止まった。金色の毛糸玉が転がってきた。

 その子はヨーロッパの――どこの国か忘れたけど、本やアニメでしか見なかった金髪碧眼の女の子だった。あの頃は、外国人なんて今より少なかったから、好奇の目で見ていた。けど彼女の髪には癖があり、金糸がもつれたみたいだった。顔も性別も色も違うのに、なぜか僕と同じ癖毛に親近感が湧いた。


 転校から少し経った日、その子は語尾が片言だったから男子が面白がって彼女のまねをした。


「ワタシ、勉強中デスネ。日本語ワカリマシェーン」


 全く似ていないのに、みんなケタケタと面白がってお腹を抱えた。僕はその中に入れなかった。面白くないのもあるけど、母からの教えを戒律のように守っていたのもある。


『人と違うところを馬鹿にした笑い話はしてはいけない』


 でもこの戒律の裏には、ウチの商売上息子の僕がやったらお店の体裁的に悪いから教えられたのだと、中学生ながら察しがよかった。でもみんなは察しが悪い。教室の扉の裏で当の本人が隠れていて、声を押し殺して泣いていることも知らない。本人が日本語がわからないとしても、彼女の名前が出ている時点でからかっていることは他人の目から見ても明らかだった。


 けど僕は彼女に手を差し伸べることはしなかった。中学生は色恋沙汰に敏感で、男子と女子の仲が良いとか、守ったとかすると、翌日の黒板に名前が書かれた傘が書かれる。そうなれば彼女はもっと泣くことになる。察しが良すぎる僕の悪いところだ。

 僕と彼女はいじめもからかいもしてこない、ただのクラスメイトな関係でいるつもりだった。接点なんて癖毛だけだ。


 けど、全く合わさることのないはずだった僕らは接点を持ってしまった。




 夜のことだった。家は繁華街で小さなキャバクラを経営していて、お酒が足りなくなると母が僕を呼び出して、近所の酒屋さんに足りないお酒を買い出しに行かされる。その夜も一階でお客さんにお酌している母から、普段お客さんに出さない大声でお酒を買いに行くように言われた。安眠妨害されて髪の毛がクシャクシャのまま、裏につながる階段を降りていった。

 夜の街は苦手だった。特に裏路地は残飯の腐敗臭が充満し、むき出しのパイプの下で血のように赤い口紅をつけたキャバ嬢が疲れ果てた雰囲気を垂れ流して煙草を咥えている。

 華やかな繁華街の裏世界を、常に一望できた。 こういう汚い感情や腐敗を見続けた結果、僕という存在を作り出したのだろう、と路地裏を走り抜ける間ちょっと学校で習いたての哲学的なことを考えていた。


 路地裏を抜けて高架下の傍にある深夜まで営業している酒屋さんでお酒を購入した帰り、高架下の深淵の闇の中に金色の閃光がチカチカと見えた。プラズマか幽霊か。この高架下に来るのはホームレスか車の中で大人の運動をするために来る男女しか知らないかったため、僕は興味ありげに重い酒瓶が入ったビニールを提げたまま、酔っ払いみたいに少しよろけながら金の線に近づいた。

 金の閃光の正体は金の毛玉の彼女だった。彼女は膝を折ってビー玉のような涙を高架下の暗がりでも判別出来るほどコロリコロリ落としていた。


「何しているの」

「プリンスリング、lost。知らない?」


 英語が混じって聞き取れない部分がほとんどだが、一部は何となく固有名詞であることだけは聞けた。プリンスリングがどういうものかわからなかったが、ここで膝を折っていることは落とし物をしたようだ。しかし、ここは電光一つも設置されてないため暗い。落とし物の宝庫と言われるぐらいに、ここで落としたら探している人まで落としてしまうとお客さんがジョークに使うほど有名だ。


「ここじゃ見つかる物も見つかんないよ。諦めよう」

「NO.いや」


 彼女はすがる思いで僕の袖を引っ張った。酒瓶を届けないと、母から怒られるのは目に見えてわかっていた。しかしどれだけ僕が急いでいるか懇々と幼稚園児に話しかけるように伝えるが、日本語が伝わっていないらしく袖を離さなかった。

 

「これ見といて」

「WHAT?」

「守って。大事なもの。OK?」

「OK」


 酒瓶を彼女に渡すと、ポケットから携帯を取り出して画面の光で地面を照らす。この時はスマホなんてものはなく、携帯の懐中電灯よりも心持たない画面の明かりだけで底なし沼のような高架下を歩いて回った。探偵のホームズもこういう風に虫眼鏡で証拠品を探し回っていたのだなと彼の苦労を初めて偲んだ。だって、何分何時間も、ないものを探すために腰を文字通り折って探し回っているんだよ。僕の場合はそれよりひどく汚い場所でどんなものかわからないリングを探し回っている。そして報酬もないとくる。

 しかし、早く探さないと彼女は放してくれない。携帯のバッテリーの電池マークが一つ分消えると、さっき彼女を見かけたのと同じ金色の閃光が起きた。それを拾い上げるとタンポポやノギクなどの雑草の花をリング状にしたものだった。中には細い金の糸が編み込まれていた。


 まさかこれではないだろうと思ったが、他にリングっぽいものがないのでそれを彼女に見せると、彼女は跳びはねてビニールの中の瓶も一緒に飛んだ。幼稚園の子がつくるおもちゃにそんなに執着するだなんてと、彼女の幼すぎる精神に肩をすくめた。すると彼女がぐいっと迫り、僕の手を握った。彼女の手は柔らかかった。


「Thanks.You are my Prince」


 そういって暗黒空間の中から目に青い星を瞬かせた。僕は何か変な気分になり、酒瓶を奪い取るとそのまま逃げ出してしまった。

 帰ってきた深夜、僕は寝るより先に英語の辞書を開いて彼女が言った言葉を調べた。だいたい予想はついていたが、念のためであった。Pの項目を開き言葉を探ると、『王子、皇子、親王、プリンス』のキラキラした文言が連ねていた。

 バンっと乱暴に辞書を閉じて、布団にもぐった。


 プリンス? 僕が? そんなまさか。王子様が繁華街でキャバクラのお酒を買いに走るかい。


 何度も言い聞かせたが、頭はさえわたって眠れなかった。寝る前にコーヒーを飲んだかのように。




 あの時期は客足が非常に多く、また夜中に酒を買いに行かされた。そして高架下そばの土手に金色毛玉を見かけた。暗闇に見える金色の髪が街灯に反射して、彼女の存在が夜中の線香花火のように良く見えていた。彼女は僕に気付いていなようで、そのまま買った酒を手に帰ろうとすると、土手から笛の音が聞こえた。

 ここら辺は繁華街から離れ、風のになびく草の音しか聞こえないほど静寂だからひと際耳に残りやすい。彼女の手には楽器らしきものは持っていないのに、ラッパのような高音の音色が高架下にまで響いた。

 口笛だろうか。彼女の歌声で引き寄せられてしまったかのように近づいた。

 彼女は驚きもせず嬉しそうに微笑んで、髪を手櫛でまっすぐに整えようとした。けど、癖毛というのは手櫛ですぐに直せるわけでないことは、分かっていた。僕も同じ癖毛だからわかる。


「そんなにしても、きれいな真っすぐな髪にならないよ」

「Oops.いじわル」

「僕は王子様みたいに優しい人じゃないから。どうして僕なんかがPrinceなんだい?」


 彼女の隣に腰かける。土手に生えた草は水分を含んでお尻が冷たい。

 彼女はこの間僕が探した草と花でつくられたリングを向けた。リングは草の瑞々しさと中の金の糸が月明かりに反射して、宝石のように輝いている。


「絵本で見たPrinceは、Princesが落としたリングを拾って出会った。笛の音、それが出会いの合図。だからPrince」


 片言で何とか日本語を紡ぎでたのが、そんなお子様のような理由に思わず噴き出した。

 彼女はムッと膨れた。

 でも、彼女がお姫様であるならまだうなずける。金髪とブルーサファイアのような瞳。これで髪に癖毛がなければお姫様だ。


「君の国にはPrinceはいないのかい」

「私の国、共和国だかラ。Kingもいない。Princeモいない。この国にはPrinceはいるの?」

「日本には王子じゃなくて皇太子様だけどね。でも、絵本とかお話の中の王子様みたいに若くて美しい人じゃなくておじさんだけど」


 初めてヨーロッパには王子様がいない国もあるのかと少し驚いた。中学生の頃の僕は頭が悪く、地理なんて追試の常習犯だった。けど音楽とか美術とか主要五科目以外のテストは非常に良かったので、点数を取り換えることはできなのかと、常々言われる。


「ねえ、さっき吹いていた音ってどうやって出したの?」


 ようやく僕がここにつられて原因のことを聞き出すと、彼女は土手の土に生えていたタンポポを茎ごと摘んで片方を折るとそれを口にくわえた。するとあのラッパの音色が、草と彼女の息吹で奏でられた。僕は魔法のように出てくる音色に真摯に向き合っていた。まるで彼女が、その金髪の髪も相まって魔法を使うお姫様のように見えていたから。

 彼女がひとしきり吹き終えると、赤い唇に咥えていた草笛を僕に差し出した。


「Let's play」

「これを? どうやって」

「吹くだけ」


 彼女からそれを受け取ると、思いっきり草笛を吹いた。

 ピプー!

 子供のおもちゃのラッパのような変な音が出た。思っていた音と違う音が出て、隣で彼女がお腹を抱えて笑っていて僕は顔が熱くなった。


「そんなに笑うことないだろ」

「Sorry」


 そう言うと彼女はまたすぐそばにあったタンポポをまた摘んでもう一つ草笛をつくって、吹いた。

 ピプー!

 僕と同じ子供のおもちゃのような変な音が鳴った。そうして「同じだヨ」とにへらと笑った。

 僕は土手の向こうに見える夜の闇に光るネオンが瞬く繁華街に向いてまた笛を吹いた。彼女も同じく笛を吹いた。へたくそでおかしなコンビによる演奏会が始まった。この日はなぜか、汚らしいあの繁華街が、ヨーロッパの趣のある町の夜灯りに見えた。




 それからも、僕と彼女の音楽会は続いた。彼女は毎晩あの土手にいるのか、酒の買い出しに行くたびに彼女は草笛を吹いて待っていた。

 僕等の夜は、彼女が草笛の吹き方を教えてくれる。ただそれだけ。僕はポケットの中に忍ばせていた彼女のお手本を見せた通りに草笛を吹く。最初はまだピプーという音しか出なかったが、だんだん彼女と同じ音に近づけるようになった。

 僕等の時間は草笛の練習だけで切り上げてしまう。彼女があまり日本語をうまく話せないというのもあるが、長居すると母から酒を持ってくるのが遅いとお叱りを受けるからだ。しかし言葉は通じてなくても、音をかわすだけという時間は長い時間おしゃべりしているぐらいに長く感じられた。

 昼間になると学校ではただのクラスメイトの関係でとどまっている。ただでさえ目立つ彼女が、男子と仲が良いなんて目をつけられたらいじめの対象になると彼女もわかっていたのかもしれない。彼女もそれを察していたのかもしれない。



 彼女と別れて、若草が放つ香りが漂う土手から、お酒のアルコール臭漂う路地裏を通り、家の裏口に入ると母が仁王立ちで待っていた。


「また遅かったわね」

「酒屋さんが忙しくてね」


 言葉を濁して買ってきたお酒を渡して、階段を上がる。


「恋人でもできたのかい」


 階段の三段目で足が止まった。

 僕と彼女が恋人? そんな関係じゃない。

 男と女が一緒だから恋に落ちる? 馬鹿馬鹿しい。


「なんでもないよ」

「アハハ、恋人ができた男は決まってそういうのさ。おかあちゃんを舐めるんじゃないよ。どこまでいったの? キスの一つや二つはしたのかい?」

「そんなんじゃないって」


 ダンっときしむ階段を大きく踏んで怒鳴ると、僕は逃げるように階段を駆け上がる。その下で母が「やっぱり女がいるじゃないか」と皮肉めいた声が聞こえた。

 部屋に入り、敷きっぱなしにしていた布団の中に滑り込むように入ると、彼女の金髪と月のような白い顔がシャボン玉のように浮かんでは消えを繰り返した。母の言葉が頭に残ってしまい、いつまでも彼女のことが消えない。僕は布団の中で両手を握って死体のように両手を握って目をつむり、お祈りした。


「どうか、僕と彼女が出会っていることが学校のみんなにばれませんように」




 けど、僕の祈りは儚くも届かなかった。

 朝、教室に入ると黒板の今日の日直係が書かれるはずの名前欄に、僕と彼女の名前が書いてあった。その上に白のチョークで描かれた傘も添えてあった。


「ひゅーひゅー。国際結婚おめでとう」

「ご祝儀はユーロ札でいいか」


 男子が一斉になじり、からかい、集中攻撃を始めた。あの土手の下は夜暗いので誰がいるか気付きにくくたまたまあの土手の下を通っていたウチのクラスの奴が告げ口したのだ。

 さっさと消そうと黒板消しを手に取ったとき、教室の入り口で彼女が入って僕の手の先を不思議そうに眺めている。二度三度、僕は彼女と相合傘の字と目を合わせる。はっと我に返り黒板を引き裂くように、手を振り下ろして、白の相合傘は白墨の粉になると僕はいそいそと自分の席に戻った。

 周りが僕らをニヨニヨといやらしく見ているのに、いつもいじめられているはずの彼女はなぜか気にしていないように首を傾げている。

 なんだよ、そんな顔して僕を見るな。周りがますます調子づくだろ。あんなこと書かれてもなんとも思わないのかよ。

 ちょうどその後に先生が入ってきたので、僕への攻撃は一時休戦となった。しかし、一時間目の中休みで僕等に再び一方的な開戦が幕を開けた。


「外人だからもうキスしたのか?」

「夜に逢引きとか、おっとな~」


 心の底から祝っていないことが丸わかりのいびり、僕は耳を塞いでトイレで引きこもりたかった。しかし出入口は、騒ぎを聞きつけた生徒たちが集い、退路を塞いでいていた。


「別にそんなんじゃない」

「じゃあ、後ろにいるそれはなんだよ。どう見ても、彼女じゃん」


 もう一人標的となっている彼女は僕を弾避けのように後ろに引き下がって、僕の制服を幼い子供がするようにぎゅっと握りしめている。

 ほかの女子たちは誰も彼女に手助けしようとする気配はない。このクラスに転校してきたときから彼女の容姿に鼻についていたようで、男子たちにからかわれているときもこっそり陰で「目立つ顔するからよ」と陰口を言っていたのを聞いたことがある。

 今彼女が頼りにしているのは、王子様と思っている僕だけだ。

 でも、王子様みたいにかっこよくこの場を制することはできない。


「彼女でもなんでもない。こいつのこと嫌いだし」

「じゃあ、なんであんとき土手にいたんだよ」

「ちょっとからかっただけ。別になんとも思っていないから」


 僕が弁明した直後、服が軽くなった。そして彼女がそのまま教室から僕に一瞥もせず出ていくのを周りに囲まれている中でできることは、呆然と見送るだけだった。


 あの一件があった日の夜、僕はこっそり、家から出てあの土手を上った。いつも彼女が座っていた土手の頂上、いつも座って草笛を吹いている彼女はどこにもない。ざぁっと冷たい風が草を、頬を叩きつけた。まるで彼女の悲しみを風が代弁するかのように、冷たい風だ。

 僕は繁華街の遠くの明かりを土手の上から眺め続けて彼女を待っていた。しかし、日付が変わる時刻になっても彼女は現れなかった。僕はふいにポケットを探って、草笛を取り出してこなれた調子で吹いた。彼女のものより少し劣るが、音色というものを奏でていた。だが、あの汚い繁華街のネオンの明かりは彼女といた時に見えたときのように変化しなかった。




 いつのまにか学校では僕と彼女の関係はうわさされなくなったが、僕等の関係はただのクラスメイトの位置よりも低い位置に落ちた。いや落としたのだ。僕自身がそうした。誰かに見られていると察していたら、あの場でもっと気の利いた言葉を言えていたら…………

 それからも毎晩、夜中に日付が変わるまで草笛を土手の上から吹き続けた。母は僕と同じように察しが良いから夜中出ていくことを恐らく知っているものの、何も告げ口しなかった。日に日に吹き続けていくうちに草笛はうまくなるが、彼女は一度たりとも来なく、上達する笛の根が虚しくなる。

 とうとう彼女からもらった草笛が限界を迎えてしまった。口のあたりがめくり上がってボロボロで、吹いても吹いても空気が流れる虚空音しか出てこなかった。何度も何度も茎の中で空気の出入りするだけの音を吹けず諦め、空を見上げた。


 都会の明かりで一等星しか見えない、孤独な夜空。今日は新月で月も見えない。いつも一緒にいたはずの月と星が僕と彼女のように見えた。いや、月と星はまた明日会える。けど僕はもう月には会えない。ぽっかりと空いた心の中に風が吹き抜ける。

 僕は、笛をつくろうとした。淋しくて空しい夜を、向こうに見える汚い僕を育んだ繁華街の明かりから、自分を慰めるために。


 ピプー!

 できた草笛は、前に彼女が作ってもらった時に出た時と同じ変な音が出た。より虚しさがこみあげて、笑ってしまった。

 そして日付が変わる時まで僕は独り草笛を吹き続けると、下の方から土手を上ってくる一つの影があった。その影は小さくだいたい僕と同じで、小さな細い金の閃光が夜の暗闇の浮かんでいた。


 彼女だった。

 僕は何から言えばいいかわからなかった。どうして


「やっぱり、あなた。だっタ。笛の音でわかっタ」

「笛の音?」

「Princeは笛の音で会う約束、だから。そのヘタな笛であなただと、ワカッタから」

「下手は悪かったな」


 彼女はクスクスと金の髪を揺らしながら小さく笑った。


「あの時は、ごめん。本心じゃなかった。みんなで寄ってたかってからかってくるから、その場で嫌いと言わないと抜け出せない空気になっていた。でもあれから君がここに来なくなって、ずっと待ち続けていた。いつか謝ろうと思って。学校だと、僕変に察しがいいから」

「うんん。私、モ、ごめんなさい。あの日、今学期で引っ越すことに決まってショックだったカラ」


 ……え? 息が詰まった。

 そしてその今学期が明日で終わることを思い出した。でも彼女はその事実が目前にあるというのに涙一つ浮かべていない。ほろりとこぼれそうなほど大きな瞳なのに。


「でも、また会えた。話せた。いつか会いたい」

「僕も、君と会いたい」


 すると彼女が「ちょっとガマン」と僕の髪に手を伸ばすと、ツンと癖のある髪の毛を二本引き抜いた。いきなり抜かれて驚いてちょっと痛い。そして彼女も自分の髪の毛を二本抜くとそれをタンポポの花やノギクと絡めて二つの指輪のようなものをつくった。

 それは、彼女と出会った夜に見つけたプリンスリングだった。リングは夜灯りでも見えるほど中の金と黒の髪の毛が絡み合い、まるで自ら発光しているようだった。それを僕の薬指に、もう片方を自分の薬指にはめた。


「私の国、お互いの髪の毛を入れたプリンスリングをはめると、一生離れない。そう言われてる」

「なんだか、結婚指輪みたいだな」

「……誓いのキス、スル?」


 彼女が上目遣いで、夜の中でも輝く青い瞳を僕に向けた。


「またからかわれるよ」

「もう明日で終わりダカラ、あなたはイヤなの?」


 僕は首を振った。そして彼女の金の髪が頬に触れた。僕のとは違い、柔らかで甘い女の子の匂いがこみ上げる。外国の女の人はすぐにキスをするというけど、このキスはみんなが考える安易なキスじゃないと僕は察せた。いや、理解できた。これは()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 僕等の最後の夜は、星と町灯り以外誰にも見られずに終わった。




 あれから十年経ち、外国人も増え、そんなに珍しくなくなりつつある。

 皇太子様も即位されて、元号が変わった。

 色々変わりつつある。

 君も変わっているのだろうか。


 空港のゲートが開くと、ぞろぞろと人々が出てくる。黒髪や金色の髪の人が混合に入り混じってキャリーバッグを引いて日本に入国してくる。その中にひと際目立つ金髪碧眼の美女が、待ち人をしている人の目を引いた。


 僕は察しが良かった。彼女が誰であるかを。

 僕は察した。彼女の薬指にはめられたリングを。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を。


 僕は彼女と同じプリンスリングを薬指にはめている。

 僕はかつて金色毛玉であった彼女を出迎えた。


「お帰り、お姫様」

「ただいま、Prince」

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