炎 3
蒼馬は木刀を持ったまま、急いで道場へと走る。
(突破者がここへ近づくなんて、あの時以来だ……)
蒼馬は以前、ここで起こった事件を思い出した。
(……)
忘れることの出来ない、とても辛い出来事。
だが、今はその感情に囚われるわけにはいかなかった。
健也の所へ行った時には会わなかったので、蒼馬には道場に誰が居るのかは分からない。
しかし仕事が休みということで、練習に来ている門下生たちがいるはず。
この蒼馬の予想は見事に当たり、3人の兄弟子達が正座で瞑目をしていた。
蒼馬の慌てた様子に彼らは異常事態を察する。
「突破者が近くにいます。警護を頼みます」
「早田を騙した者か?」
どうやら朝の出来事を彼らは大まかに知っているようだが、今はそれについて説明をしている時間はない。
「違います。そっちは終わりました」
蒼馬の言葉に3人の門下生たちは、竹刀を持ったまま次々と道場を出た。
「姿は分かるか!」
年配の門下生が尋ねる。
しかし、蒼馬は首を横に振った。
「イグニサスが反応しているだけです」
「ならば、蒼馬は先生の傍にいたほうがいい。
こっちは竹刀を持ったまま、道路には出られないからな」
門下生たちは次々と道場から出る。
(彼らだって名だたる猛者たちだ)
突破者と戦った回数は、自分よりも多い人達である。
ただ、木刀や竹刀は敵に対して有効ではあるが決定打ではない。
どうしてもイグニサスの力が必要なのだ。
(……)
蒼馬は脳裏に浮かんだ考えを振り払うように頭を動かす。
そして旗地と健也のいる居間へ向かおうとしたとき、塀の傍にある庭木の影で何かが動くのを見つけたのだった。
その頃、健也は朦朧とした意識の中で、昔の出来事を思い出していた。
(あの時、白い人はこっちを向いた……)
今まで思い出せずにいた恩人の顔が、ハッキリと形になろうとしている。
ただ、顔が分かろうとするのと同時に、白い人の身体の方が霧のような状態に変化し始める。
霧は白いまま健也の方へと伸び始めた。
(なんだこれは!)
わけのわからない恐怖を感じて、健也は霧から逃れようとした。
しかし、霧は尚も彼を追いかける。
そして追い付かれそうになったとき、いきなり霧は水へと変化し健也は目を覚ましたのだった。
「荒賀君。大丈夫か!」
旗地の声に、健也はいったい何が起こったのかと周囲を見回した。
何故か右腕から手先まで水に濡れている。
「???」
何が起こったのか、彼には見当がつかない。
「イグニサスの熱反応が起こったのかと考えて、右手を濡らしたのだ」
「どうしてですか?」
「ルクベスティまで発動させた君は、今やイグニサスの生ける鞘なのだ。
君の感情にイグニサスは呼応する」
旗地の言葉に健也は耳を疑ったが、どうも冗談では済ましてはくれなさそうな雰囲気である。
そこへバケツを持って早田が駆け込んできた。
「先生、まだ足りませんか!」
しかし、勢い余って彼はその場でひっくり返ってしまい、バケツは空中に投げ出される。
「うわっ!」
「荒賀君!」
旗地はバケツを見事に受け止めたが、水はそのまま健也めがけて撒かれたのだった。
外では先程まで多少なりとも聞こえていた鳥たちの声が、ピタリと止まる。
蒼馬は木刀を構えた。
(どこから来る)
気配を探ろうと目を伏せようとしたとき、屋根の瓦が音を立てた。
「上か!」
この時、屋根から飛び立つものを彼は見た。
銀色に輝く光沢は、明らかに生身の鳥ではない。
(ロボットの鳥……?)
突破者ではなかったという事態に、蒼馬は首をかしげた。
戦国時代から人や獣に化けて周辺を荒らしていた者たちが、どういうわけで鳥のロボットを使ったのか。
(もしかして攻撃ではなく偵察だったのか?)
では何故、偵察なのか。
(健也を特別視しているのか?)
蒼馬はこの事を旗地に報告するべく駆け出した。
何か今までに無いことを起こる。
彼にはそう思えてならなかった。