流星 2
(もうすぐ山小屋だ)
昔から何に使っていたのかはよく分からないが、仙一郎は秘密基地だと言っていた。
(たしかに、変な部屋だったよな……)
常にフローリングの床は綺麗に磨かれ、畳が二畳敷いてあった。
そして部屋にあるのは、ちゃぶ台と小さな食器箪笥だけなのである。
仙一郎は自分でお茶を水筒に入れて、山小屋で過ごしていた。
「とにかく健也。山小屋に行ってくれ」
そう言いだした仙一郎の表情は、どこか焦っていた。
「いいけど……?」
「それで『往年の名優たち・全三巻』を持ってきてくれ。
結構な重さがあるが、健也なら大丈夫だ」
電話で呼んだ目的はそれかと彼は考えたが、勝手に山に登られても困る。
健也は素直に頷いたのだった。
「おじいさん。健ちゃんに何か変なことを頼んでいないでしょうね」
食事の支度をした妻の言葉に、仙一郎は慌てて返事をする。
「なに、健也が山小屋の掃除をしてくれるそうだ」
すると妙子が不審そうに夫を見た後、健也の方を向いた。
「悪いわね。健ちゃん。
向こうにある掃除の道具は新しいのばかりだから、家のあるものと交換してきてちょうだい」
山小屋のは置いてあるだけで、ほとんど使っていない。
荷物がいきなり増えてしまい、健也は大伯父の方を見た。
しかし、仙一郎はしらばっくれたのだった。
結局、健也はリュックに掃除道具を入れて山登りをすることになった。
(何か、納得がいかないが……)
もしかすると全三巻の書籍が大判の写真集だったらと考えると、彼としてはうんざりしそうになった。
(あれっ……。まだこんな場所か?)
思ったよりも道を進んでいない。
そしていつのまにか鳥の声などが聞こえなくなっている。
彼はある事に思い至った。
(これは、あの時と同じじゃないか!)
今回は一人で行動しているので、誰かの助勢というものは期待できない。
あの時一緒だったシロは二年前に天寿を全うした。
彼はとっさに周囲を見渡す。
ちょうど近くに木の棒が落ちていた。
(よし!)
拾うとした時、慌てた為に彼は転んでしまう。
その倒れた瞬間、何かが上を通りすぎる音がした。
上から折れた枝が落ちる。
「何だ」
とっさに彼はリュックを身体から外した。
本当にあの時と同じなら、どこからか化け物が出てくるはずである。
健也は木の棒を構えたまま、周囲の様子を伺う。
(気のせいか)
しかし、警戒を解く事は出来ない。
しばらくして藪が動き、それは森の中から現れた。
(あの時と同じだ!)
やはり自分の見たものは夢ではなかったのだ。
イノシシのような顔。体つきは人。
全身がトゲだらけである。
彼はどうにか戦おうとしたが、突然の事態に身体が動かない。
(なんて事だ!)
健也の心に絶望感が広がる。
しかし、相手は急に斜め後ろの方を向いたのだった。
「貴様の相手は、この私だ」
獣道のような場所から現れたのは、腕に怪我を負った男性だった。
その人物は白っぽい着物と袴を身につけており、手には奇妙な形の剣を持っている。
だが、白い人とは何となく違う気がした。
(いったい俺は何を見ているんだ)
事態の意外な展開に、健也は自分が何を見ているのか分からなくなってきた。
異形のものは健也ではなくその男性の方を向く。
「早く逃げたまえ」
男性はそう叫んだが、健也の頭の中でどう逃げて良いのか、本当に逃げ切れるのかという思いが渦巻く。
ここで男性を見捨てて良いのかという気持ちもあった。
それでも正直言えば、自分がいては足手まといにしかならない。
すぐさま始まった男性の戦いは、たしかに互角だった。
だが、彼は腕の怪我が響くのか、徐々に押され気味となる。
そして戦闘中の一撃で、男性の手から剣が弾き飛ばされた。
剣は少し離れた所の地面に突き刺さる。
「早く!」
もう一度男性が叫ぶ。
この時、健也は剣の方へ走っていた。
(ここで逃げるわけにはいかない!)
彼は剣の柄を持つ。
脳裏に何か白い光と白い人の影が浮かぶ。
「その人から離れろ!」
そう叫んで彼は剣を構えた。
改めて見てみると奇妙な防具を付けた人間のようにも見えない事は無いが、何かが人間ではないような気がする。
このような存在にどう戦ったらいいのか。
剣から光が零れてる。
手には剣の他に、何か膜のようなものが付いているかのような感触もあった。
表現しがたい存在は健也の方へ襲いかかる。
「それを振れ!」
男性の掛け声と共に、彼は大声をあげて剣を振った。
完全に間合いの外である。
だが、剣が発した光は一直線に異形のものに襲いかかった。
健也の方も反動からか尻餅をついてしまう。
森の中に絶叫がこだました。
光の粒子は徐々に間を狭めて、異形のものを締めつける。
そしてその身体を石化させたのだった。
苦悶に喘ぐ石像のような姿になったそれは、次にこまかいヒビが入りついには崩れた。
一連の出来事に健也は呆然としてしまう。
そして手に持っていた剣が急に重くなったような気がした。